I’m tired of it all.

思えば、永い夢を見続けてきた。
知らないことは何でも体験してみよう、それが幼い頃に決めた思いだったが、その道は思った以上に苦しいものだった。承認欲求など持ち合わせていないが、わたしが必要でない世界ができあがるのならば、わたしは夢をとじるつもりだ。

そう覚悟したとき、わたしは、「わたしが可哀想だ」と気づいた。
そんなこと、これっぽっちも思ったことがないのに。
自らの行動で、どんなに悲哀に満ちた結果を被ることになっても、心の何処かで愉しんでいた。

だのに、いま、可哀想な自分を俯瞰している。
そんな思いは、ある意味、「この世にはわたししかいない」という尖った事実をも夢想させる。

今や、四肢にまとわりつく疲労感がわたしを捉えて離さない。

https://www.youtube.com/watch?v=gcI1XDkm7lY
友川カズキ トリオ 「ワルツ」



Youtubeの動画は、よく削除されるので、貼り付けるのを躊躇った。
リンク切れしているときは、CDかDVDを購入していただきたいと思う。



初めて麻雀をしたのは小学校5年生。
タバコは6年生。
パチンコは中学校3年生。
そう言えば、高校2年生のときには、家出をして、パチンコでその日の食費を賄う日が続いた。
街で偶然会った友達から、「みんなが探している」ということを聞いて、家に帰ると、親は「おかえり」とだけ言った。そんな両親には心から感謝している。両親はわたしの衝動を阻止することはしなかった。そんな両親もわたしの孝行を受けることなく、星になった。ありがとう。ありがとう。


ストリップ劇場に行ったことがあるかい。あれはいいよ。おねえさんが投げかけてくれる笑みに拍手で応え、肩に載せられた脚の向こうに命の深淵が存在する。人と人のつながりで成り立っている。アダルトビデオなぞクソくらえだ。

大学に入学したものの、大学はつまらなかった。まるで、高校生相手のような授業をする。さらに、東京はつまらない街だった。人間の住むところではない。だから、大学には通わずに、時々、床が木製の電車に乗って武蔵野まで黙って車窓を眺めた。あの電車は何線だったのだろう。

小遣い稼ぎはパチンコだ。一度、知らない街の駅前のパチンコ屋で打っていると、「122番台のお客様お早めにお帰りください」とアナウンスが入った。ふと見上げるとわたしの台だった。東京は怖いところだと思ったね。

山手線で美しい人に会ったことがある。昼間の山手線はガラガラで、私の目の前に座った美しい女性は、私をずっと見つめた。だから、わたしも彼女の瞳を見つめた。彼女の名前は「エルザ」といった。そのことは知っている。嗚呼、あの陽射しの中で、わたしに、野ネズミほどの勇気があれば、私は彼女となし崩しの人生を歩んでいたかもしれないと思う。


故郷に帰ると、わたしは競輪に没頭した。そして麻雀に明け暮れた。博打は人生にとても良く似ている。博打の泥沼を真面目に泳いだこともないまま、この世を語るなかれ。今のパチンコは博打ではない。あれはガキの遊びだ。わたしは競輪のデータを膨大に集めて、自分で本を作り、販売したことがある。たいして売れなかったが、メールで予約してくれた人もいた。当時は、パソコン通信からインターネットへ切り替わる頃だった。

商売に手を出して多額の借金を抱えたことがあったな。その中には、金利29%の借金も含まれていた。胃も切った、十二指腸も切った、心臓血管も切った。


語り始めるときりがない。


夢なのだ。夢なのだ。
でも、わたしは、「わたしが可哀想だ」と気づいてしまった。

滝澤正光を知っているだろうか。競輪選手だ。友川さんが咆哮する。

https://www.youtube.com/watch?v=YgGtx-YTtbc
友川カズキ 「夢のラップもういっちょう」


また支離滅裂になってきた。

永い夢だ。わたしが創った夢だ。
それにしても疲れた。

この夢が、いろいろな意味で、わたしを必要としない世界に仕上がったとき、わたしは帰るよ。お星様になって、また新しい夢を見るかもしれないけれど。

「永い夢を見続けてきたけれど」への4件のフィードバック

  1. 獏様

    友川カズキさん初めて聞きました。
    凄く良いですね。上手く表現できませんが、元氣をもらえます。
    「自分のことを棚に上げて49年〜♫」
    うわっ、凄くセンスが良い❗️

    競輪も競馬もパチンコもストリップもやったこと見たことありません。麻雀は勤めていた20代、楽しかったけど短期間で終了。

    ビビリ屋なので、小市民的な人生でした。

    大人になってプチ家出をしたくらい。現実から逃れたくて死のうとウィスキーのがぶ飲みをしたけど親を悲しませることに気づいて思いとどまったくらい。

    昨年親を看取って、こんどは自分。死んだらどうするかエンディングノートを作り始めています。

    読んではいませんが獏さんの今回の文章は太宰の世界に近いものを感じました。私には表現力が乏しくて適切な言葉が浮かばないけれど、「全てに疲れた」
    私もそう感じる時が来ることを予感させてくれました。

    漠さんの文章は文芸作品として世に出せるのではないかと思いながら楽しませていただいています。

    コロナ騒動もあと2ヶ月で幕引きのようですが、仕掛けた側がこのまま諦めるとは思えず。
    去年は10万人の超過死亡者数でしたが、
    接種が8割近いとするとこの三年くらいで数千万人が彼らの目論見通り亡くなって行くのだろうかとぼんやり考えたりしています。

    日月神示にあるように「いっそのこと生き残らなければ良かったと思えるような惨状が広がる」
    それが、ガラガラの街中を言うのだろうかとこれまたぼんやり考える今日この頃です。

    フラットアースは賛否両論あってわからないので知的保留です。

    次回をまた楽しみにしております。

  2. こんにちは。

    >漠さんの文章は文芸作品として世に出せるのではないかと思いながら楽しませていただいています。
    嬉しい言葉をかけていただき感謝です。

    友川さんは、歳を重ねるごとに、その人柄と生きる覚悟が歌声に塗り重ねられている貴重な存在です。
    不思議なことに、なぜか、元気が出ますよね。

    わたしの人生は波乱ばかりで、語り尽くせないほどです。
    よくぞ、今まで生きてこれたものだと思います。

    コロナは、正直飽きてしまいました。
    教育は洗脳であるということが、この三次元に如実に現れた3年間でしたね。

    >日月神示にあるように「いっそのこと生き残らなければ良かったと思えるような惨状が広がる」
    >それが、ガラガラの街中を言うのだろうかとこれまたぼんやり考える今日この頃です。

    日月神示にはそのようなことが書かれているのですか。
    K.Tさんが言う、人がいないガラガラの街中、その風景を見てみたいです。
    そこに立ってみたいです。立ち尽くしてみたいです。

    フラットアースについていくつか記事を書いていますが、
    https://bottomx.shibugaki.jp/?p=89
    この計算をしたときから、地球が丸いはずがないと明確に思い始めました。

    あっ。そうそう、昨年末に還元くんを手に入れましたよ。
    只今実験中です。

    コロナに興味を失った今、日記のような記事が多くなると思いますが、今後とも宜しくお願いします。
    それにしても、疲れています。
    疲れに身を任せて、美しいものをただ眺めていた気持ちで心が埋め尽くされています。

    ではまた。お元気でいてください。

  3. こんにちは。

    歌つながりということで、
    こちらからコメント致します。

    下田逸郎さん作詞作曲の「早く抱いて」という
    曲をご存知でしょうか?

    私はこの曲を「火口の二人」という映画で
    知りました。(映画では伊東ゆかりさんが
    歌っていますが、色々な歌手がカバーしてます。)
    https://www.youtube.com/watch?v=ZpIXKhmesks
    映画は現在、NETFLIXやPrime Videoで配信中です。

    「早く抱いて うまく抱いて」という歌詞で始まるので、
    単純にセクシーな歌と思われているようで、私も
    聴いた直後はそう思っていました。

    ですが、1番、2番、3番と進んでいく内に、どんどん不思議な
    感覚に陥り、この世とあの世を行き来しているような、
    手応えがあるような無いような、頭がくるくるしてきて、
    訳が解らなくなってくるのです。
    こうやって言葉にしても、うまく表せない自分が
    もどかしいのですが・・・。

    そして、獏さんならこの歌(歌詞)をどんな風に
    感じるんだろう?とずっと聞いてみたかったのです。

    気分が向いた時にでも聴いてみて、
    私に教えていただけないでしょうか?

    長文になってすみません。

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