いつまでもPCR陽性をコロナ患者と呼ぶ社会

身近で起きたコロナ感染の動画をYoutubeにアップすると、変な注意書きが出る。もともと、私の動画は明確なエビデンスなど示していないので、このブログにアップすることにした。

そもそも、発熱する病気というのは山ほどある。それなのに、発熱しただけで、PCR検査を受けさせられ、陽性と出れば、自動的にcovid-19感染というのが常態と化している。

2022年日本シリーズに勝負のアヤを見る

「勝ち将棋鬼の如し」という。ヤクルトはこの9回で鬼になるチャンスを逃してしまったのだ。戦国時代の武将は敵の大将の首を取り、その子どもも殺したという。生かしておいては、いつか、自分が返り討ちに合うことを知っていたからだと思う。鬼になれなかったヤクルトに対して、オリックスの選手の胸には「まだ行けるかもしれない」という萌芽が芽生えたのである。

わたしはshadingを受けたのか?

シェディングの話に戻らなければならない。シェディングを避けるために、私たちが今するべきことは、なにかと言うと、ワクチンを摂取した人々と長時間同じ環境に身を置かないこと。不要な電磁波に身體をさらさないこと、体内の不要な金属を排出すること、不要なタンパク質を分解してしまうこと、これに尽きるのではないか。

古い宝島の地図は、シンプルなことを教えてくれる。私はそう思っている。しかし、まだわたしは、宝島の地図の裏面を見ていない・・。

咽頭炎を起こして発熱する

8月30日だったか。
同居の女性が発熱。39.6度。
彼女は狭い部屋で、ワクチン接種者数名と仕事をしている。
使いたくはないが、咽頭炎があるので、アジスロマイシンとロキソニンを投与。

彼女は3日ほどでほぼ回復したが、今度はわたしが発熱する。
咽頭炎。38.6度。
食事を摂りたくない。
3日間ほど、ほぼ、食べず。

夢でも現実でもいい。なんとでも名前を付けるがいい。ただし、それらはすべてわたしなのです。

現実など存在しないのではないか。すべてはわたしの世界であり、わたしの体験であり、わたしの魂なのだ。
いろいろな女性と巡り合ってきたが、今思う。「また会おうね」と。

月曜日に気づいた背中のひっかき傷

わたしは、見ている。
それ以上でもそれ以下でもない。
見ているというのは一種の体験だろうと思う。
何もしないという意味ではない。
知らないことは何でも試してみる。
言いたいことがあれば、何処であろうが、相手が誰であろうが、言う。
そんな「氣」は伝わるのだろう。
わたしに男友達はいない。
でも、わたしは見ている存在だ。

改正案第24条に隠された企み

怖れるのは、
「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」
で、互助義務を憲法に記したことである。国民に義務を課す条文であり、いかなる理由があっても、助け合わなければならないとなると、生活に困窮した場合、生活保護を受給できる可能性が著しく低くなることを想像するに難くない。