私の中には女性が存在する

随分前から、私は変なことに気付いた。
それは、私の中に女性が存在するということだ。

女性の所作に美しさを感じる自分がいる。そして私は男性を基本的に嫌悪する。嫌悪するわけは、男性は社会に洗脳され迎合することが多いと感じるからだ。自分ではそう思っている。まして男性に抱かれたいなどとは一切思わないし、男と群れるのも嫌いだ。

しかし、少年期の我がヰタ・セクスアリスは、女性として破壊される性を願望していたことを思い出した。やはり、私の中には女性がいる。

子供のころはよく女の子と遊んだ。ゴム飛びや、おはじきなどもした。私の母は内職で色々な縫い物をしていたので、家には輪ゴムがたくさんあった。それを繋いで、女の子の家に遊びに行く。片方を電柱に結び、片方を私が持ち、女の子はスカートをパンツの中にたくしこんでゴムを飛び越えた。

私は女性を綺麗だと思う。だが、綺麗だと思っている私は男なのか女なのか、それは分からない。

千人以上の社員がいる会社で働いたことがある。私は複数の女性社員に誘われて、女性用の休憩室でよくお昼のお弁当を食べていた。私を誘ってくれたのは二回り以上も年下の女性達だった。休憩室は広い和室の部屋で、女性社員の中にはその場で寝転がって身体を休めている人も何人かいた。でも、誰も私の存在を気にしなかった。だれにも咎められなかった。不思議なことだった。

女性が嫌がることはしたくない。レイプなどする男の気持ちが分からない。レイプは殺人に等しいと思っている。

そう、思っているのは、誰なのだろう。
男の私か、女の私か。



そう、私の中には、異様に感受性の強い男の子と、時に崩れ去りたくなる女性が存在している。

ふと思う。

失恋をしてみたいと。

もちろん女性として。

「水鏡」
作詞・作曲 鈴木一平

一生一度きりの別れならばいいものを
人は幾度となく悲しみを繰り返す
手探りの中でふと抱かれるよな
甘い想い出は通り過ぎてゆく
振り返る事無く明日だけを見つめながら
いつか来た道と気付かずに歩いた
そこは幸せと不幸の別れ道
悲しみ覚えた出逢い道
私だけの貴方にはなってくれるはずがない
心の温もりも今は
忘れてみるわ 忘れてみよう
揺れる二人の夢模様

水に浮かぶ枯葉に目を向けると
ちょうど今の私同じように見えた
風に打たれ雨に打たれ辿る道は
苦しみ覚えた迷い道
儚い恋のほろ苦さを知って
強がりはよせよと口ずさんでみます
溢れる涙は止めどなく流れて
戸惑う私は闇の中
私だけの貴方にはなってくれるはずがない
心の温もりも今は
忘れてみるわ 忘れてみよう
揺れる二人の夢模様

女達へ

たどたどしく歩いてきた女へ。男に愛されたい女へ。美しくならんかなの女へ。いつまで同じところで佇んでいる。人生は突然に終わってしまうものだ。その 真実をあざ笑うか。その真実を阿呆が天空を見上げるがごとくに大口を開いてただ待つか。その真実を老いさらばえた似非仏教徒のごとくに寝て待つか。

自立し たい女へ。愛したい女へ。感じたい女へ。自分を律する心もて男を愛するがいい。己に厳しくあれ。常に険しい道を選べ。生殖のために言い寄る男を薙ぎ払え。 愛したければ。悩むがいい。反芻するがいい。毎日自分の裸体を鏡に向けてさらけ出し、乳房をわしづかみにするがいい。

されば秘す。ならば秘す。秘すれば凛 とした心と発光するかの脊椎が花を開かせる。愛することは律することと知らず、巣を空しくした女郎蜘蛛の数知れず。美しくあれ、さらに美しくあれ、律することを 知る男は美をも理解するだろう。

感性を解き放て。倫理に背を向けているくせに、知らず倫理で三段論法を展開してしまう怠惰な知性を呪うがいい。感性はエネルギー を生み出し、行動は時を止めない。男にいつまで待てという?男を絶望の縁へと道案内するか。その道なら知っている。男が歩いてきた道だからだ。振り返れば そこにある。

目を伏せる女へ。愛を忘れた女へ。千人の男達が待っている。安きに流れるな。謎を知りたければ太古魚に訊け。不思議なことはない。全てが金色 の連鎖によって成立している。未来を知りたければ、這いつくばれ。這いつくばりながら進むがいい。未来を言い当てようとして何万羽の烏が風に散ったか。唇 を噛め。厭うな。生きることとは愛することである。愛するとは美しくなることである。

みどり

 そのころ私が馴染みにしていた一件の旅館がある。「美幸」という名前で、夕方になると客引きの中年女が、食堂にあるような丸椅子を玄関の前に出して団扇をあおいでいるような、いわゆる赤線地帯の旅館である。何故か昔から赤線は川沿いと相場が決まっているのだが、「美幸」も幅70メートルほどの大きな川の堤に建っている。赤線というのは、戦後役所が売春宿の建設されている地域の地図を赤い線で囲ったから、赤線というらしい。ちなみに私の住んでいるところでは青線というのもある。    


 私はもう十年を越える「美幸」の馴染みで、客引きの中年女とも仲がよかった。女は一応女将と呼ばれていたが、座ったスカートの裾から団扇で風を送っている様は、とても女将と呼べるものではなかった。


 ある夏の日、夕闇が東の空から西の夕焼けを潰しにかかろうとする頃、私が車を静かに女将の前に停めると、女将が助手席の窓から首を突っ込んでにやりと笑う。 「暑いね」
 私がとりとめもない言葉を吐くと、女将は故意に不機嫌な顔を作り、
「あんた、夏だから暑いに決まっとる」
と言う。    
 この女将は京都の生まれだというが、言葉を聞いていると九州やら関西やら分からないところがある。それに加えて一挙手一投足がいかにも芝居じみている。だが私は、それが女将の憎めないところであると思っていた。
「それよりねあんた、ええ子がはいっとるから上がっていきや」
 そういうと女将は私の車の助手席の上で相好を崩した。
「若い子か」
「そうよ。はたちはたち。」
  女将はいかにも嬉しそうに言う。それはまあ、売れっ子が出来れば、女将も儲かるわけだから若い女の子が入って悪い気はしないだろう。
「初めてなんやから、ちょっと教えてあげてえや」
断っておくが、私は女衒ではない。教えてやることなんか何もないのだが、そこがまた女将のうまいところだと、心の中で苦笑いした。

 
「失礼します」
と言って、部屋に入ってきた女は自分のことを”みどり”と名乗った。 二の腕が抜けるように白い女だった。まだ少女の香りをそこかしこに残している。少し伸ばした漆黒の髪は周りに艶を放っている。
 ベッドの中で首筋に舌を這わせると、辛そうに躰を捩り、昂まってくるとまっすぐに伸びた脚を私の躰に巻き付けるようにしてくる。私は、息を荒げる彼女の赤い唇に唇を近づけてみた。すると彼女の方から舌を求めてきた。この時点でとうとう私も、のぼせ上がったただの男に成り下がってしまった。しかし、唇だけは許してはいけないなどと玄人ぶった忠告をするべきかどうか、血が上った頭の中で私は考えていた。細いウェストを抱え、乳房を口に含みながら、私はみどりに溺れていった。


 皺だらけになった白いシーツの上で、みどりは自分が北海道の生まれであることや、家出をしてきたことなどをとりとめもなく喋った。私は少し息を弾ませながら、ただ女の話を聞いていた。どうでもいいような疲労感が指先から力を失わせている。どこか遠くで犬が吠えているのが聞こえる。そんな間延びした時間は居心地のよいものであったが、ベッドサイドの電話がそんな空間を簡単に裂いた。タイムアウトだ。みどりは急いで下着と白いTシャツを着て、細長いジーンズをするりと腰までたぐりあげた。
「また来てね。お願い」
 そう言いながら部屋を出ようとするみどりに私は声を掛けた。
「ちょっと待て」
 私は、客が服を着て部屋を出るまできちんと待っているように、みどりに言い聞かせた。そしてそれが自分の稼ぎにも繋がることも付け加えた。みどりはそんな私の意見に悪びれもせず、「はい」と言って私が服を着るのを正座したままじっと待っていた。少しくらい部屋を出るのが遅くなっても女将は機嫌を悪くすることはないだろう。それだけ私はこの旅館に通い詰めていた。


 私はそれから数回みどりの相手をした。いちいち客に気を遣ってもいられないだろうからと思い、旅館が店仕舞いをする小一時間ほど前に上がり、最後の客としてみどりを買い占めた。みどりもそれを知っていて、私の前では無防備だった。達しそうになるときに激しく舌を吸ってやると、しなやかな腰を突き上げながら小刻みにせつない痙攣を繰り返した。しかし、みどりが疲れた様子をしているときには、私は情交を求めなかった。そして、素っ裸のみどりを私の腕枕で眠らせてやった。素直な女だと私は思っていた。


 夏も終わりにさしかかる頃、私の体調は崩れた。毎日微熱が続き、息をするのさえ億劫に感じられることもあった。私はほとんど一日中自宅のベッドの上で暮らした。夕方になるとヒグラシが鳴き、隣家で水撒きをする音が聞こえる。医者は肝臓が少し弱っているからと、私の静脈にミノファーゲンを打ち、ビタミン剤と漢方薬を調剤した。いくつかの永い夜をやり過ごすうちに私はいくつもの悪い夢に苛まれた。大きな蜘蛛が巣を張り私を待ち構えている。私は当然抗おうとするが、それもかなわず蜘蛛の巣に吸い寄せられるように堕ちていく。目を覚ますと決まって熱が上がっていた。
 そんな症状も次第に薄らいできたある夜、幸子が電話を掛けてきた。幸子は旅館「美幸」で私が10年来第一の馴染みにしている女だ。
「獏さん、元気?」  
 懐かしい声だ。
「みどりちゃんが心配してるよ」    
 幸子の言葉の語尾が僅かに拗ねている。みどりが店に来てからも私はみどりばかりでなく、幸子の客にもなっていた。それに幸子とは付き合ってきた時間の長さが違う。私とはもう肌が触れただけでお互いの気持ちが分かるかと思えるほどの仲である。その上、幸子は性格もさっぱりとした女である。抱きあえば体も心も溶け合うほどお互いに信頼している。
 私は体調が戻りつつあることを幸子に告げ、近々店に行くからと付け加えた。少し開けてある窓から秋の匂いがする夜風が吹き込んできた。気がつけば、 私はいつも独りだった。 


 翌日、久しぶりに外出した私はデパートの地下で出来合いの惣菜を吟味していた。少し変わった物が食べたくなったので、わざわざタクシーを呼んで買い物に来たのだ。しかし、急にこのような人混みの中にやってくると平衡感覚を失ってしまうような感覚に襲われる。そんな時不意に誰かに肩を二度叩かれた。振り向いてみるとそこにみどりが立っていた。
「会っちゃった」
 満面に笑みを浮かべて、切れ長の目がいっそう細くなっている。
「ちょっと付き合ってくれませんか?」
そう言うと、みどりは私の右手にぶら下がったデパートの袋を奪い取り、私の手を引いてエスカレーターの方へ向かった。
「獏さんが見えないからみんなで心配していたの。でも、よかった。こんな所で会える なんてなんか得した気分。」
エスカレーターで腕を組んだまま並んでみると、みどりは思ったよりも小柄に見えた。頭のてっぺんが丁度私の肩の位置にある。みどりは化粧品売場で私にオーデコロンを選ばせ、その上の階で淡いブルーのTシャツを一枚買った。そして、疲れてきた私をデパートの中のコーヒーショップに座らせ、自分はレモンの入ったアイスティーを頼み、私にはブラックの熱いコーヒーを差し出した。
「いつか、コーヒーはブラックしか飲まない、って言ってたでしょ」
 私はみどりにそんなことを話した記憶はなかったのだが、私が話す以外にみどりが知っているはずもない。久しぶりに外で飲むコーヒーはどこか昔の味がする。みどりは紙袋から取り出したオーデコロンを手首に少し付けて大きく吸い込んでいる。
「いい匂い」
「だね」    
 私はみどりの手首を取ってそっと鼻に近づけた。そして急にみどりを抱きたくなった。掴んだ手首の白さがみどりの裸体を喚起する。私はみどりの手首をそっと唇でなぞった。みどりは肩をすくませて小さな声を漏らす。私はみどりの手を放し、カップの底に残ったコーヒーを啜った。みどりもアイスティーを少し口に含んで転がすように飲み込んだ。十坪ほどのコーヒーショップは客の出入りも激しく、黒いタイトスカートをはいたウェイトレスがきびきびと仕事をこなしている。
「獏さんは結婚しないの?」
「別に決めているわけじゃないよ。でも一度失敗してるからね」
「失敗したから、嫌なの?」
「嫌じゃないさ。ただ縁がないんだな。男と女が同じ生活を共有するなんていうことは、別に考えてそうするのではなくて、知らないうちにそうなっているっていうものだからね。だけど最近は知らないうちにそうならないんだよ」
「ふーん。解るような気もする」  
 みどりは唇を尖らせて呟き、ウェイトレスは冷たい水を私のグラスに注いで踵を返す。ふたたび軽微なめまいが私の意識を揺らせた。

 その日私はみどりの運転する白いミニクーパーに乗せてもらって家まで辿り着いた。小さなドアから降りるときに、一言「上がっていくか」とでも声を掛ければ、私はきっとみどりとなし崩しに暮らすことになっただろう。しかし、頭では考えていながらその一言がどうにも言葉にならなかった。そして私はその事を、みどりへの愛の証にするつもりもない。ただ、その一言が言えない自分を後日腸が捻り切れんばかりに憎んだ。

 みどりが結婚したのはそれから三ヶ月後のことだった。相手は小さな建設会社を興したばかりの男で、「美幸」の客の一人だった。結婚式は身内だけで行われたが、北海道にいるみどりの両親は姿を見せなかったらしい。その男は真面目でよく働き、大工の見習いから始めて少しずつお金を貯めてようやく人を雇えるまでになったということだ。私はその事を幸子の膝枕の上で聞いていた。
「聞いてもいい?」
 幸子は私の額にかかった髪を子供をあやすように撫で付けている。
「何故、みどりちゃんと一緒にならなかったの。好きだったんでしょ」
私は答えに窮した。だから黙っていた。幸子はそんな私の髪を撫で付けることを止めようとはしなかったが、それ以上何も語ろうともしなかった。小さく開けた窓から凍てついた星空が見える。もうとっくに冬が来ていた。部屋の隅の電気ストーブが哀しかった。


 しかし、みどりの幸せは永くは続かなかった。結婚して間もなく肺癌が発見されたのだ。大学の付属病院で何度も検査が行われたが、既に手術の出来る状態ではなかった。春が来る頃には、みどりは酸素ボンベを放せない状態になった。昼間は幸子が看病に通い、夜は亭主が付き添った。私は逐一を幸子から聞いていたが何もできなかった。ただ、短い手紙を幸子に託しただけだった。みどりはその手紙を見てとても喜んでいたという。そうして、夏を待たずにみどりは逝ってしまった。葬儀は行われなかった。みどりの両親もついにやってこなかった。亭主とその両親と幸子だけで見送ったという。


 数日後、私はデパートの化粧品売場に出かけた。そしていつかみどりが買ったオーデコロンの小瓶を求めた。店員は以前の女性ではなく、背が高く髪の長い女だった。くたびれた背広姿で現れた私を胡散臭そうに眺め、オーデコロンを包んだ袋を親指と人差し指でつまみ、私の前のショーケースの上にコトリと音を立てて置いた。その態度に私の感情が暴発した。目の前の店員を大声で怒鳴りつけると、上司の女が飛んできた。店員は顔を蒼白にして、立ちつくしている。このデパートへ入ったときからずっと、去年偶然出会った時のみどりの笑顔が私を悩ませていた。上司の女は私を応接室に案内し、コーヒーを出して何度も頭を下げた。彼女は私とみどりのことを覚えていた。私は自分でも訳の分からないうちに今までのみどりとのことや、一緒にオーデコロンを買ったこと、そしてみどりが死んでしまったことまで、一気にまくし立てた。


 悔しかった。世の中の色々なことが一見不条理のように見えて実は整然として連なっているという事実が胸を切り裂くほどの痛みを私に与える。その中に私がいてみどりもいて、全ての事象が時間を超えて流転していく。その上に、愛情が重なり、哀切が重なり、耐えきれない思いとして私の口から次々と吐き出されていくのだ。とりわけ、私がみどりの最期を看取る立場になり得なかったことが、大きなわだかまりとして感情の高波を導いてくる。上司が下げ続ける頭の向こうにはもう真っ白な積乱雲が立ち昇り始めていた。


 私はその夜、ベッド一面にオーデコロンを振りかけて、湧き上がってくる愛情や後悔や悔しさ、切なさ辛さ、それらのやりきれない思いを抑えようともせずに大きな声を上げて泣き続けた。みどりが死んでしまったことは確かに辛すぎることだった。そして悲しすぎることだったが、それよりも私は自分の命の器を恨んで泣き続けたのである。

amapola

寒い日だ。ストーブを着けても底冷えがする。

薬の副作用で、辛い日が続いている。

私は何をしてきたというのだ。

博打が好きだった。

女が好きだった。

すべての女を愛そうとするので、一人の女に真っ直ぐに愛情を注ぐことはできない。

ただ、一生、感謝しつづけるであろう女性は一人いる。

常識を嫌い、群れを拒否し、独りで何かを探し続けてきたことだけは確かだ。

正邪善悪を判断せず、すべてを受け入れようとしてきた。

しかし、それでも、意識が遠のくほどの藍色の海底に堕ちていくことがある。

堕ちていくのは誰だ。

深々と寒い日だ。

この世は嘘で出来上がっている。

そして、私の心は倦んでいる。

Once upon a time in Americaを想い出す。

この動画にいくつかのコメントが寄せられている。

抜粋する。

“This song reaches deep into my soul and ignites a nostolgia of my past. My mistakes and triumps. My mistakes with my children and also the good times. My lost loves and all the what ifs. Some that after 40+ years I still miss. I thought I was trying my best but in retrospect,I could have done better. It makes me want to go back in time and correct my mistakes and savor the fond moments of my life. I feel a tear running down my cheek and a smile also forms on my face. ”

“This reminds me when I had many friends used to gather in one restaurant in nearly city back in times in late 80s. They all went away and I remain visit this restaurant whenever I go there, but physically and mentally alone :(”

気が向けば翻訳してみてくれればいい。

嗚呼、AMAPOLAが聴きたくなる。

少し眠りたい。

そしてやわらかな夢を見たい。

そんな日があってもいいだろ。

感情を流す方法としてのBDSM

BDSMと言われる行為がある。

 

以下Wikipedia

“BDSM(ビーディーエスエム)とは、人間の性的な嗜好の中で嗜虐的性向をひとまとめにして表現する言葉である。

近しい文脈で語られる別の略語として、D&S、DS、D/S…Domination & Submission(ドミネイション:支配 & サブミッション:服従)と呼ばれる言葉もある。そのためSMと区別してBDSMはBondage & Discipline(またはDomination) & Submission & Manipulation(マニピュレーション:操作)などと原義が割り振られることがあり、解釈は様々である。ボンデージは直訳すれば「捕われの身分」であり、その状態を指す。ディシプリンは「懲戒」を意味し、西洋では体罰による厳しいも意味する。サディズムは加虐性向、マゾヒズムは被虐性向であるので、状況としての嗜虐と行為としての嗜虐を含む広範な言葉と言える。しかし一般的な欧文略語と同じように語感が一人歩きし始めている。一つのカップルが人権を尊重しない行為に対し、性的興奮を覚えるために、それら行為によって発生するであろうリスクに同意をしている。”

 

これには異論がある。BDSMとは性的な嗜好ではない。

 

BDSMとは、洗脳され、自由な行動や本来の自分の感情が発露できなくなった人の心を開放する行為である。

もちろん、両者の合意と思いやりが必須のものとなる。

例えば、教育や道徳という名前で洗脳され、自己正当化によって息も絶え絶えになった女性を緊縛し、倫理観から大きくはずれた羞恥や身体的拘束を与えることによって、女性は感情を解き放ち、魂の直感力を回復する。その行為をBDSMと私は呼びたい。

 

いろいろな女性と出会ってきたが、拘束されるだけで涙を流す女性もいた。

拘束してくれと頼まれる。

体に染み込んだ常識と呼ばれるもので心が動けなくなっているので、その常識の牢獄を破壊しないと息もできないくらいに心が喘いでいるのだ。

 

白い尻を叩いてやると、思わず泣き声を漏らす。

「痛いならやめるよ」

と囁くと、

「もっと叩いてください」

と懇願される。

 

彼女は、自己の開放を体全体で感じている。

ここに性的行為は必要ない。

 

このとき、女性はclientであり、わたしはcounsellorとなっている。

もちろん当初から二人の間には信頼関係が存在するのは必要だが、カウンセリングが進むと、拙いわたしは女性と気持ちを同化させてしまい、彼女が固定観念から脱皮する事実に限りない安堵と喜びを感じ、その心を抱きしめずにはいられなくなってしまう・・・。なぜなら、わたしこそ、洗脳され、身動きできなくなっているclientだからだ。

 

わたしはこうした行為をBDSMと呼び、信頼に基づいた人間同士の癒やしの行為であると思っている。


緊縛師(縛師)雪村春樹オフィシャルサイト&ブログ 雪村流縄遊戯