もう秋になった。
肌で感じる。風の匂いで感じる。
幼い頃、ぼくは、よく夏に熱を出した。
高熱で動けない時は、隣町の先生が往診に来てくれた。
先生は、ラビットに乗ってきた。
母は、先生のために洗面器に水を入れ、タオルと一緒に用意した。
蝉が鳴いていた。
数日後、熱が下がると、ぼくは先生の診療所に診察を受けに行った。先生は僕をベッドに寝かせ、脈を取り、目や咽をのぞき込み、おなかの触診をした。そして机の上にあるカルテに万年筆を走らせた。ドイツ語で書かれたカルテはとてもかっこよく見えた。
診察が終わると看護婦さんが、薬を作ってくれた。作った粉薬が綺麗に一つずつ紙で包まれていく。僕はそれを飽かず眺めた。先生の診療所は小さかったが、二階は入院設備があった。そして、医院の裏側が先生の自宅だった。
診療所の庭でも蝉が鳴いていた。
先生は午後の数時間を往診時間にしていて、毎日ラビットで近所を回っていた。
ぼくのおばあちゃんが亡くなった時も、おじいちゃんが亡くなった時も、枕元には先生が座っていた。
おばあちゃんは、よく一人で家を出て行方不明になった。近所の人に連れられて帰ってくることも多かった。
おじいちゃんは、大きく腰が曲がっていた。庭に小さな池を作り、池の向こう側には、僕が立って入れる大きな鳥カゴを作った。その中には紅雀が数えきれないくらいいた。相撲が好きで、毎日相撲の星取り表をつけていた。おじいちゃんの横には煙管とたばこ盆がいつも置かれていた。
先生はそんなおじいちゃんとおばあちゃんの日常のこともよく知っていた。でも、おじいちゃんもおばあちゃんも何の薬も飲んでいなかった。少しずつ身体が衰え、眠るように死んでいった。
おじいちゃん、ありがとう。
おばあちゃん、ありがとう。
先生、ありがとう。
ぼくは、
ぼくは、
元気な人が、具合の悪い人のところに駆けつける世界を、つくりたい。