「絆」とは、自由に動けないように人の手足にかける鎖や枠なのだ。

言葉というものは、広く人々が使うことによって、集合意識に影響を与える。集合意識は社会を変える力を持っている。言霊である。「絆」とは、自由に動けないように人の手足にかける鎖や枠なのだ。 私たちが広く「絆」と言う言葉を安易に使い始めると、私たちの心や行動の自由は束縛される。そういう可能性は高い。

神様だけがご存じの『なぜ?』

世界とはな、自己が時間と空間との間に投射した幻(まぼろし)じゃ。自己が死ねば世界は消滅しますわい。自己が死んでも世界が残るなどとは、俗も俗、はなはだしい謬見(びゅうけん)じゃ。世界が消えても、正体の判(わか)らぬ・この不思議な自己というやつこそ、依然として続くじゃろうよ。

少女

女達へ

たどたどしく歩いてきた女へ。男に愛されたい女へ。美しくならんかなの女へ。いつまで同じところで佇んでいる。人生は突然に終わってしまうものだ。その 真実をあざ笑うか。その真実を阿呆が天空を見上げるがごとくに大口を開いてただ待つか。その真実を老いさらばえた似非仏教徒のごとくに寝て待つか。

ニーチェ

人々よ孤独になれ

民族は自らの言葉を自らの風習と掟の中で作り出したのである。
ところが国家は、善と悪についてあらゆる言葉を駆使して、嘘をつく。国家が何を語っても、それは嘘であり、国家が何を持っていようと、それは盗んできたものだ。
国家における一切は贋物である。盗んできた歯で、それは噛む。