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マスクがない

毎日、スーパーに出かけるが、お客さんの数が異常に少ない。

コロナウィルスの影響だろうと思われる。

また、お客さんの中でマスクをしていない人の数が、マスクをしている人の数より多い。

どこの薬局に行ってもマスクは販売されていない。店員には「問屋にも無い」と言われる。

単身のお年寄りや、障害のある方などが、マスクを手に入れることは現状では難しいだろう。

ある薬局で、「買い占めていく人がいた」という話を聞いた。

ネットで探すと、マスクは大変な高額で販売されている。

 

妙な世の中だ。

嫌な世の中だ。

私は思う。

 

マスクを手に入れられない社会的弱者の方のために有益な情報としては、ペーバータオルを使ったマスクの作り方がyoutubeでいくつか紹介されている。

 

ところで、本日WHOは新型コロナウイルスの名称を「COVID-19」と発表した。

「Corona Virus Disease19」の略らしいが、今までウィルスの名称にDiseaseなどつけたことがあるだろうか。

単純に訳せばコロナウィルス病19になる。

これでは、ウィルスの名前ではなく、病気の名前だ。

ウィルスの名前なら「COV」でいいはずだ。

 

かくして、もともとWHOなど信じていない私は、これを「Corona Virus ID19」と読んでしまう。

想像を働かせれば、コロナウィルスのID19。

つまり、今後もこの種のウィルスは出てくるということを暗示しているのではないか。

2021年にこの種のウィルスが変異したものが出てくれば、コロナウィルスのID21。

まるで実験室で作っているウィルスを喚起想像させる。

まぁ、私一人の推測であり根拠のないものであるのだが。

 

WHO

WHOのマークはフラットアース地図にヒポクラテスの杖を重ねたものだろうが、私は蛇がシンボルになっているものは簡単には信じないのである。

 

雪村春樹氏の愛情

雪村春樹。

縛師。

1948年生。

趣味は料理と映画鑑賞。

 

2016年3月3日に他界された。

 

このニュースは当時から知っていたけれど、何も書けなかった。

ちょっとショックだったな。

 

雪村氏の縄は愛情に満ち溢れていた。

常に女性の心を感じ取り、心で会話をし続けていたのだろう。

それも、たくさんの女性の心を、平等に、愛情で縛っていたのだろうと思う。

でも、もう今となっては雪村氏の新しい愛情は見られない・・。

 

公式サイトはまだある。

遅ればせながら、ご冥福をお祈りいたします。

 

雪村春樹

 

緊縛師(縛師)雪村春樹オフィシャルサイト&ブログ 雪村流縄遊戯

(画像を加工させていただきました。雪村さん、ご容赦を)

 

ミケランジェロは何を描いたのか

ミケランジェロ・ディ・ロドヴィーコ・ブオナローティ・シモーニ

(伊: Michelangelo di Lodovico Buonarroti Simoni、1475年3月6日 - 1564年2月18日)

は、イタリア盛期ルネサンス期の彫刻家、画家、建築家、詩人。西洋美術史上のあらゆる分野に、大きな影響を与えた芸術家である。

ミケランジェロ自身が本業と考えていた彫刻分野以外の作品は決して多くはないにもかかわらず、様々な分野で優れた芸術作品を残したその多才さから、レオナルド・ダ・ヴィンチと同じく、ルネサンス期の典型的な「万能(の)人」と呼ばれる。

wikipedia引用

 

ミケランジェロはこんな絵を書いている。

 

「原罪と楽園追放」

(システィーナ礼拝堂天井画)

現在と楽園追放

 

創世記第3章

1 さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へびが最も狡猾であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほんとうに神が言われたのですか」。

2 女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べることは許されていますが、

3 ただ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。

4 へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。

5 それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。

6 女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。

7 すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、いちじくの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。

8 彼らは、日の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれる音を聞いた。そこで、人とその妻とは主なる神の顔を避けて、園の木の間に身を隠した。

9 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。

10 彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。

11 神は言われた、「あなたが裸であるのを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。

12 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。

13 そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました」。

14 主なる神はへびに言われた、「おまえは、この事を、したので、すべての家畜、野のすべての獣のうち、最ものろわれる。おまえは腹で、這いあるき、一生、ちりを食べるであろう。

15 わたしは恨みをおく、おまえと女とのあいだに、おまえのすえと女のすえとの間に。彼はおまえのかしらを砕き、おまえは彼のかかとを砕くであろう」。

16 つぎに女に言われた、「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。あなたは苦しんで子を産む。それでもなお、あなたは夫を慕い、彼はあなたを治めるであろう」。

17 更に人に言われた、「あなたが妻の言葉を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ、あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。

18 地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。

19 あなたは顔に汗してパンを食べ、ついに土に帰る、あなたは土から取られたのだから。あなたは、ちりだから、ちりに帰る」。

20 さて、人はその妻の名をエバと名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである。

21 主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。

22 主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとりのようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。

23 そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。

24 神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

wikipedia http://bit.ly/2NWlQ7v

 

アダムとイブが楽園を追放されるときの絵だが、これは蛇を擬人化して描いたものと解するのが常識というものだろうが、真実はわからない。

 

問題は次の絵。

ロンドン・ナショナル・ギャラリーにある「マンチェスターの聖母」だ。

この絵の原題は"The Virgin And Child With Saint John And Angels"

googleで翻訳すると「聖ヨハネと天使と聖母子」となっている。

 

マンチェスターの聖母

 

ミケランジェロ。彼は何を描いたのか。

中央の女性が聖母マリアだとすれば、右にいる二人の女性は天使か・・。

そして、左側の幼児がイエスで、右側がヨハネだろう。

 

ところで、これは違和感だらけの絵である。

 

1.聖母の顔が二人の天使と比較して黒すぎる。

2.右端の天使の背中には鱗があり、左足の甲は異様に盛り上がっている。

3.二人の天使が見ているのは羊皮紙なのか?それとも別の生物の皮なのか・・。

4.女性三人は背の高さもほぼ同様であることから聖母は立っているものと思われるが、ならば、イエスの左手がしがみついている布の下には何があるのだ?

 

何度も言うが、私は神というものを否定も肯定もしない。

ただ、古代の人々が、人類よりも科学文明が進んだ生物の存在を見たとしたら、彼らを「神」と呼んだ可能性はあるだろう。

しかし、わたしは彼らを神とは呼ばない。

 

amapola

寒い日だ。ストーブを着けても底冷えがする。

薬の副作用で、辛い日が続いている。

 

私は何をしてきたというのだ。

 

博打が好きだった。

女が好きだった。

すべての女を愛そうとするので、一人の女に真っ直ぐに愛情を注ぐことはできない。

 

常識を嫌い、群れを拒否し、独りで何かを探し続けてきたことだけは確かだ。

正邪善悪を判断せず、すべてを受け入れようとしてきた。

しかし、それでも、意識が遠のくほどの藍色の海底に堕ちていくことがある。

堕ちていくのは誰だ。

 

深々と寒い日だ。

この世は嘘で出来上がっている。

そして、私の心は倦んでいる。

 

Once upon a time in Americaを想い出す。

 

この動画にいくつかのコメントが寄せられている。

抜粋する。

 

"This song reaches deep into my soul and ignites a nostolgia of my past. My mistakes and triumps. My mistakes with my children and also the good times. My lost loves and all the what ifs. Some that after 40+ years I still miss. I thought I was trying my best but in retrospect,I could have done better. It makes me want to go back in time and correct my mistakes and savor the fond moments of my life. I feel a tear running down my cheek and a smile also forms on my face. "

 

"This reminds me when I had many friends used to gather in one restaurant in nearly city back in times in late 80s. They all went away and I remain visit this restaurant whenever I go there, but physically and mentally alone :("

 

気が向けば翻訳してみてくれればいい。

 

嗚呼、AMAPOLAが聴きたくなる。

 

少し眠りたい。

そしてやわらかな夢を見たい。

そんな日があってもいいだろ。

 

自分で考えない人間たち

義務教育は洗脳である。

 

教科書には真実が書かれていない。たとえば、地球というもの、赤道では時速1700Kmで動いているという。馬鹿こくでねぇ。わたしは決して1700Km/hなどで動いてはいない。そんなもの感覚でわかることだ。地面は丸くもないし、自転もしていない。反論はいらない。個人で考え実験してみるべきことだ。数日前、13時頃晴れた南の空に三日月が出ていた。これは太陽が大きくもなく、加えて遥か彼方にはないことだと勝手に思っている。人類は何かを隠し続けている。隠し続けるために作られ続けてきたものを科学という。オラは狂った頭でそう思っている。思考を固定してはいけない。何事にも遊びは必要だ。あなたの即断は洗脳された脳細胞から生まれている。

 

日本でなぜ神という?「神→KAMI→MAKI→魔鬼」という可能性はゼロなのかい。「主は呪」という思考の余裕は断罪されるのかい。偶像を崇拝すると、そこに魔が宿り鬼が住む。その可能性も捨てきれないだろ?数少ない神社には真の神が存在するかもしれない。しかし、神主は注連縄で神を封じ込め、鳥居で結界を張る。神は外に出られない。まぁ、これも推論の範疇を出ないけれどね。

 

ところで、法隆寺五重塔にある馬頭形、鼠頭形、鳥頭形は何なんだい。

馬頭形

画像はお借りしたものです。

https://ameblo.jp/lavinia21/entry-12524082972.html

 

人間が万物の霊長であるなどというのは大嘘だ。氷河期や恐竜の時代以前から生き抜いてきた高等生物がいたとしてもおかしくはない。人はそれを宇宙人ということもある。神ということもある。GODは逆さまに読むだけでDOG。破壊神ビルスは犬だぜ。関係ないか・・。

 

人肉は昔から食べられていた。カニバリズムだ。誰が食べたんだ。古代人が神と呼んだ爬虫類人は食べただろうな。戊辰戦争では兵士が人肉を食べたというし、信長公記にも人肉を食べた記録がある。人間も人間を食べていたのだ。昔は土葬が一般的であったことも頷ける。爬虫類人の中には人間を捉えて家畜のように食べていたものもいるだろう。いや、彼らが捉えずとも、彼らを神と崇めた人間たちが捧げていたのかもしれない。保存していた古代遺跡はこれだ。よく見るといい。

 

古代遺跡三宝

この形は今でも使われている。神に供物を捧げる三宝だ。

三宝

今でも人間は食べられているだろう。行方不明の子どもの数が多すぎる。米国で毎年80万人、ドイツで毎年10万人、英国では毎年23万人、という話もある。俄には信じがたいが、世界中で800万人という説もあるくらいだ。元来、子どもは「子供」であった。供え物なのだと解釈する余地はある。子供が全て食べられているとは思わないが、この数を見ると、人間は家畜であってもおかしくはない。可能性の話だぜ。

 

科学が隠し続けてきたものは、太古から地球に住んでいる高等生物の存在なのかもしれない。私達が教科書や書物を読むときに注意するべきは「ほんまかいな」という心を持ち続けることだ。そして、疑問があれば自分で調べて自分で考える。事実を観察し自分で考える。いろいろなことを体験し、体で考える。世の中「ほんまかいな」だらけなのだから。

 

ふと思う、では、太古から地球に住んでいる高等生物を創ったのは誰だ?

私は、それは私ではないかと思っている。いいだろ。思考にそれくらいの飛躍があっても。

 

人間は愚かだ。自分が他人より大きな金を稼ぎ、自分が他人より上に立つことだけを良しとする。そして彼の愛情は自分の家族を越えることはない。しかし、それで幸せになったかい?産業革命以来、生活は便利にはなったかもしれないが、幸せになったのかい?

 

私は、幸せになる方法は一つしか無いと思っている。それは世界中の人々の幸せを願うことだ、また、その努力を続けることだ。さらに、あらゆる生命を大切にすることだ。と、まあ、理解してくれる人は少ないだろうが、私は勝手にそう思っている。

 

 

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