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観察者がいないと現実は存在しない

「今を生きる」という。「今しか存在しない」という。

 

理屈はわかるが、できない。

記憶を消すことはできないし、時々その記憶にピーナッツバターをかけて、ゆっくりと舐め続けることもある。

また、若い女の子と裸でベッドに横たわってその白いお腹を見ていると、自分が時をさかのぼったような感覚に襲われることもある。

 

色々なことがあったし、これからも色々なことがある。

それでいいじゃないか。

死ぬときは来るのだし、私が今生きているという証などどこにもない。

認識している自分がいるだけなのかもしれないし、別の次元では違うことが起きているのかもしれない。

 

観察者がいないと現実は存在しない。

私は今も昔も観察者である。

しかし、目の前に出現することに喜び悲しみ憤る。

それでもいいじゃないか。

 

先日来、部屋でラップ音がする。

電気がショートして弾けるような音だ。

数日経っても止まらないので、

 

「やかましいぞ、こら」

 

と一喝したら、それ以後、音はしなくなった。

 

現実は案外面白いものかもしれない。

 

 

勝つのは偶然と知ること

博打において、自分の戦法を持たないのは、自殺行為に等しいのかもしれない。

戦法は何でもいい。

 

たとえば、FXにおいて、100日移動平均線を超えたら買う。下抜けで売る。

これだけでもいい。

 

こうした単純なルールを決めたら、気をつけなければならないのは、損小利大。

そして、ポジションにこだわらない心。

 

自分の描いた未来のようにチャートが動かなければポジションを捨てる。

そしてまた、同じルールでポジションを持つ。

また違ったら捨てる。

そして、さらに、同じルールでポジションを持つ。

 

これを繰り返していると、稀に、自分の思い描いた未来のように、チャートが形作られていくことがある。

このときに、徹底的についていく。

 

ダブルトップだからここで利食いだとか、AB=CDを形成したから、もういっぱいいっぱいだろうだとか、理屈をつけない。

このような感情は、殆どがプロスペクト理論によって心が揺さぶられているから、頭脳が作り出してしまう感情だ。

 

前回高値を抜けずに、前回安値を下抜けたら決済。これなら納得できる。

だから、尻尾は取れない。それでいい。ダウ理論だな。

 

利益が上がるときは不思議な感情を持つ。どうして、取れたかが自分にもわからない。

勝つのは、偶然だということだ。

 

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彷徨を聴く

小椋佳の「彷徨」を聞いていると、やたら昔のことが思い出される。

 

いったい何人の女との別れを繰り返したことか。

いったい何人の女の乳房を口に含んだことか。

 

数え切れない。

覚えていない女もいるだろう。

 

博打三昧だった高校の頃。

毎日、パチンコ屋に通い、毎日、雀荘で夜を過ごした。

 

いろんな人と卓を囲んだ。

競輪選手、漁師、スナックのママ、電電公社の職員、ホモセクシュアル、役人・・・。

美輪明宏の付き人だったいう人には、よく股間を触られた。

 

ヤクザのおっちゃんとはよく将棋を指したが勝った記憶がない。

将棋を指している最中、そのおっちゃんに因縁をつけた男がいた。

おっちゃんは少し離れたところにいた自分の女に「チャカ持ってこい」と言った。

 

深夜に友達と二人で狭い道を歩いていると、向こうから長髪の薄汚れた男が歩いてきた。

右手を背中の後ろに隠すようにして、こちらの様子を上目遣いに見ている。

殺気というのは分かるものだ。

隣の友人もその男が包丁を背中に隠していることを直観した。

そして、

「おまえ、そんな光り物持たんと、喧嘩もできんか!!」

と一喝した。

 

 

いろんな事があった。懐かしいが、まだ、これからだと思う。

 

「この空の青さは」

帰るときめた夜が明ける

一人よがりの 冬が終わる

ああ それにしても この空の青さはどうだ

この雲の白さはどうだ

僕はもう逃げない

君が待ってる

 

およそ歌詞というものに出てくる「君」「きみ」と言う単語はもう一人の自分のことを指していると考えた方がいい。

マイケルの歌だってそうだ。

 

Michael Jackson_You Are Not Alone

完璧主義は自己破壊主義

完璧主義は自己破壊主義だと書いたことがある。

 

完璧主義は、自分の行動が正しいということに執着する。そして、正しくない行動を取ったときに、自分を責める。

間違った自分を許さない。

 

これはトレードやカジノで、勝ったとか負けたとかという話ではなく、自分で作ったルールを破ることが正しくない行動となる。

間違った行動をした自分を許さないから、トレードで証拠金が増えていても、勝った気はしない。ただただ自分を責める。

 

自分を責めることで、現実に病まで作る。自分を痛めるのだ。否定するのだ。

 

この完璧主義の一面には、他人から責められるのを極端に嫌う心理が働いている。

そして、頭脳明晰な人ほどこの傾向に嵌りやすい。

「自分は間違っていない。」

「誰にも批判される理由など残していない。」

実際に、無為無策で行動することなど全くないのだ。

 

しかし、すべてのシチュエーションを考慮に入れて、行動するから、疲労する。

疲労した上に、さらに自分を責め、病を現実に引きずり出し、苦しむ。

 

この傾向を私は強く持っている。

さて、どうすればいいのか。

 

 

自然の力か・・桑の葉茶

訳あって、20代の時に胃と十二指腸を切除し、食後の高血糖が続いていた。

 

最近、不意に薬を飲むのが嫌になった。

グルコバイ、グルファスト、ネシーナ。

グルコバイ、グルファストをやめて、桑の葉茶を飲むようにした。

8.6だったHbA1cは3ヶ月で6.6まで下がった。これは事実である。桑の葉茶のDNJという成分が効くようだ。

ただし、土瓶で煮出して一日に1リットル飲んだ。

 

万人に聞くかどうかは分からないが、私にとっては、ヤーコンとかキクイモなどよりは断然効果が高い。

高血糖の方が、この記事に偶然アクセスすることを願う。

 

8/4追記

7月の検査でのHbA1cは6.0。食後血糖値134。

 

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