わたしは観察者であり、観察者のわたしが現実を創っている。
同時に、あなたは観察者であり、観察者のあなたが現実を創っている。このことだけでも、多重世界は存在することの証明にはならないか?
ドッペルゲンガーと見ている私
観察者が世界を決定しているのなら、目に映るものはすべて私自身ということになる。引き寄せとか、思考の現実化とか、いろいろな説があるけれども、それらは自我を捨て去ったときに起きる現実のことである。すなわち「見ている私」が環境を引き寄せ、「見ている私」が世界を作っているということだろう。