月曜日に気づいた背中のひっかき傷

わたしは、見ている。
それ以上でもそれ以下でもない。
見ているというのは一種の体験だろうと思う。
何もしないという意味ではない。
知らないことは何でも試してみる。
言いたいことがあれば、何処であろうが、相手が誰であろうが、言う。
そんな「氣」は伝わるのだろう。
わたしに男友達はいない。
でも、わたしは見ている存在だ。