最近、「ヤバい」という言葉をやたらと聞く。ラジオを聞いていても、パーソナリティを務める若者たちが平気でこの言葉を使う。それを聞くたびに嫌な気持ちになるので、最近はラジオも聞かなくなった。
「やばい」は江戸時代の盗人・博徒などの隠語だったとされています。
その語源について最もよく言われるのが、
厄場(やば)から来たという説。
「厄場」は、もともと牢屋・刑場など、行けば厄介なことになる場所を意味したと考えられている。
そこから、
- 「やば」=危険な場所・危ない状況
- 「やばい」=危険だ、まずい、困ったことになる
という意味になった、という説だ。
ただし「厄場」が絶対の定説というわけではない。ただ、「やば」という語自体が、江戸時代の隠語・俗語の世界で使われていた言葉であり、牢屋・刑場を想起させる言葉だった。このことが意味を持つのである。素人が使う言葉でなく、隠語であり、盗人やヤクザの中で使われていた言葉だということ。そしてその言葉を軽々しく多くの人が使っているという事実、このことは、この世のエネルギーに変化を与えるだろう。

言葉には魂がある。魂はエネルギーを持っている。言葉に気をつけないと、この世は厄場になる。いや、もしかしたら、もうなっているのかもしれない。働いた賃金から税金を搾取され、車検を受けないと車にも乗れず、自分の家に住んでいるだけで税金を取られる。これはヤクザどころではない、問答無用のみかじめ料である。
ここは既に厄場。そう言っても何の違和感も感じない。
ここは牢屋であり、刑場たり得る。
さて、言葉のことを考えるようになってから、昔のラジオのアナウンサーの日本語を思い出していた。Youtubeには少しだけ当時の録音があるが、結局、森田美由紀アナウンサーの音声を引用させていただくことにした。綺麗な日本語は聞いているだけで時間を超える。森田美由紀アナウンサーは素敵なアナウンサーである。
理屈で考えるな。美しいものを大切にしろ。
獏様
やばいの語源を初めて知り、感激しています。(教養の無さを露呈していますが。)
良い言葉を使うことはその人の品格に関わると思っています。
汚い、粗暴な言葉は知識として知っていても良いけれど使ってはいけない。
自分が子育てしていた時、愚かにも安易にバカを使っていたのを恥ずかしく思います。
今では言葉には魂が宿ることを信じられるし、日本人が伝えてきたとても重要な信条、思想、価値観だと思います。
美しい言葉、大好きです。
それとともに安易な英語のオンパレードに吐き気を覚えるくらいです。三島由紀夫が今の日本を見たら、また自決するか狂い死にしそうです。