
初代・万景峰号
1971年に就航。北朝鮮と日本を結ぶ貨客船として使われた。
万景峰92号
1992年に就航した2代目。こちらが日本では特によく知られている。
万景峰号は、もともとは、在日朝鮮人が北朝鮮へ渡るための交通手段として大きな役割を果たす。
特に重要なのが、1959年から始まった在日朝鮮人の北朝鮮への帰還事業です。
1990年代以降、日本のニュースで「新潟港に北朝鮮の船が入ってきた」といえば、ほぼこの船だった。
2006年7月5日、北朝鮮がミサイル発射実験を行った。これを受けて日本政府は、万景峰92号の日本入港を禁止した。その時の総理大臣は、あの小泉純一郎。軍事的に危機があるならば、防衛費が必要になる。北朝鮮なる国が「ミサイルを撃った」と言えば、日本の防衛費は上がる。喜ぶのは米国ではないのか。わたしはこのミサイル発射は嘘ではないかと長い間思っている。
小泉純一郎の父親の小泉純也は、本名:朴純也⇒鮫島純也だという。鹿児島県の加世田と言う部落で生まれた。その部落は明治維新まで朝鮮語を使っていたといい、通婚もありえないので生粋の朝鮮人だと言われてる。しかしこれをうらづける証拠は見つけられない。
まあ、定かでない事はさておいて、わたしの記憶をたどる。あの頃毎年万景峰号は新潟に来ていた。
テレビのニュースでも報道していた。
1959年から1984年までの「在日朝鮮人の帰国事業」で、約9万3,340人が北朝鮮へ渡りました。その中には約6,700~6,800人の日本国籍者、そして約1,800人の日本人妻が含まれていました。
夜中にボートで日本海側に忍び込み、日本人を拉致するなどという面倒で危険なことをする必要はなかったのだ。

それにしても、今現在、ネットで万景峰号の当時の姿を見つけるのは非常に困難だ。
横田めぐみさんは、1977年11月15日、新潟市で中学1年生、13歳のときに、学校から帰宅する途中で行方不明になったという。