永六輔。1933年、代々東京・元浅草の最尊寺の住職を務めていた永忠順(1900年 – 1991年[10])の息子として生を受けた。江戸時代初期に渡来した中国の学僧を先祖にもつ在日本外国人17代目と自称。父や祖父は永という姓を「ヨン」と名乗っていた。東京都下谷区(現・台東区)の国民学校に通っていた1944年、学童疎開により長野県北佐久郡南大井村の国民学校に転校し、そこで終戦を迎えた。
中村八大。1931年、青島にて誕生。父親は青島の日本人学校で校長を務めており、自宅にはピアノや蓄音機、レコードなどがあるという恵まれた音楽環境であった。音楽的素養を認めた父の勧めで1940年春、小学4年生に進級すると同時に日本へ単身留学、新宿の国民学校へ転校。東京音楽学校(現:東京芸術大学)の附属児童学園に週2回通い、ピアノと作曲の英才教育を受ける。しかし、技術習得を重視するハードトレーニングの教育方針に疑問を抱き、学園でのレッスンをさぼって新宿、浅草などの劇場に足しげく通っていた。
坂本九。坂本は本来、国内移動には日本航空ではなく、基本的に全日空を使っており、所属プロダクションや妻の由紀子も「手配は必ず全日空で」と指定していたほどだった。しかし、当日は全日空便が満席で、飛行機やホテルなどを手配した招待側の側近はチケットを確保できず、仕方なく確保したのが日本航空123便であった。坂本と親交があったプロボウラーの矢島純一は、事故の1週間前に坂本の家でこの件を知らされ、全日空に変えることを勧めたが、坂本は「せっかく送ってもらったから」と言って変えなかったという。事故の数日前、「日航の切符を事務所に送る」という電話が入っていたが、当時電話を受け取った由紀子は事故が起こるまで特に気に留めていなかった。そのため、家族も事故当日のうちに乗客名簿が発表されるまで、事故機に乗っているはずがないと信じていた。
しかし、日本航空より発表された乗客名簿の中に「オオシマ・ヒサシ」と「コミヤ・カツヒロ」(小宮勝廣、坂本が所属するマナセプロダクションのマネージャー)の名が記載されていたことで、事故に遭遇したことは確実となった。坂本と共に事故に遭った小宮は、当日早めに羽田空港へ行き、全日空便への振替を何度も交渉したが、盆という時節柄叶わず、やむを得ずこの事故機に乗ったという。
ここまで、いずれも、Wikipediaより抜粋。
夏が来れば思い出してしまう。日本航空123便墜落事故。
1985年(昭和60年)8月12日(月曜日)18時56分ごろに日本航空123便(ボーイング747SR-100)が群馬県多野郡上野村の高天原山山中(御巣鷹の尾根)へ墜落した航空事故。機体記号JA8119。日航ジャンボ機墜落事故と呼称されることも多い。死者520名という日本史上最悪の航空事故であり、単独機の事故としても世界史上最悪の航空事故となっている[。
このとき、自衛隊員が銃撃を受けた、というニュースがあったが、これは、わたしも憶えている。当時はニュース速報が入った場合はテレビの音声をラジオでも流していた。わたしはラジオで聞いた記憶がある。救助に向かった自衛隊員が山路の上の方から銃撃を受けたという内容だった。
公式には、日本航空123便事故で生還したのは4名です。4人とも女性で、機体後方(54~60列付近)の座席にいました。
落合由美
当時26歳。
日本航空の客室乗務員でしたが、この日は勤務ではなく、乗客として搭乗していました。
座席は56列C付近とされています。
重傷を負いながらも救出されました。
吉崎博子
当時34~35歳。
8歳の娘と一緒に搭乗していました。
娘は助かりましたが、夫は亡くなりました。
吉崎美紀子
当時8歳。
母・博子さんとともに救出されました。
川上慶子
当時12歳。
両親と妹を事故で亡くしました。
救助隊にヘリコプターで収容される映像は当時テレビでも大きく報じられ、多くの人の記憶に残っています。



それにしてもマナセプロダクションのマネージャーは、どうしてそこまで全日空にこだわったのかな・・。
奴らは何でもやる。素数が好きで、「11」を好む。
ゆめゆめ、世間で語られていることを鵜呑みにすることのないようにお気をつけあれ。
わたしたちは今も奴隷のようなものである。生け贄かもしれない。
ちなみに、翌年中曽根首相は防衛費のGNP1%枠を撤廃している。
2025年の日本では、約160万6千人が亡くなっている。これを大まかな原因別に分ける。
| 死因 | 年間人数(概数) | 全体に占める割合 |
|---|---|---|
| がん(悪性新生物) | 約38万人 | 約24% |
| 心疾患 | 約23万人 | 約14% |
| 老衰 | 約19万人 | 約12% |
| 脳血管疾患 | 約10万人 | 約6% |
| 肺炎 | 約7万人 | 約4% |
| 誤嚥性肺炎 | 約6万人 | 約4% |
| 不慮の事故 | 約5万人 | 約3% |
| 新型コロナ | 約2万人 | 約1%前後 |
| 腎不全 | 約2万人 | 約1% |
| アルツハイマー病 | 約2万人 | 約1% |
| その他の病気 | 約45万人 | 約28% |
さらに「事件や事故」という視点で見ると、
- 病気・老衰による死亡:約150万人以上(約94%)
- 不慮の事故:約5万人
- 転倒・転落
- 窒息
- 溺死
- 交通事故
- 火災など
- 自殺:約2万人(警察統計) 他殺(殺人):年間約300~400人程度 災害(地震・豪雨など):年によって大きく変動しますが、多くの年は数十~数百人程度。
(厚労省の発表)
病気なら仕方ないとはわたしは思わない。毎日食べる食材に一体どれだけの化学物質が充填されているのか。病院でもらう薬には実に多数の副作用がある。自分の體にとっての適量が分からない。頭痛薬一つとっても、飲む量は年齢で分けられている。おかしいだろう。体重や新陳代謝の状況で決められるべきではないのか。わたしたちは実験台にされるマウスにも似ている。毎日50人以上が自殺する日本。なにかがねじ曲げられている。
犠牲になられた方々に手を合わせる白い夏。