勝つのは偶然と知ること

博打において、自分の戦法を持たないのは、自殺行為に等しいのかもしれない。

戦法は何でもいい。

たとえば、FXにおいて、100日移動平均線を超えたら買う。下抜けで売る。

これだけでもいい。

こうした単純なルールを決めたら、気をつけなければならないのは、損小利大。

そして、ポジションにこだわらない心。

自分の描いた未来のようにチャートが動かなければポジションを捨てる。

そしてまた、同じルールでポジションを持つ。

また違ったら捨てる。

そして、さらに、同じルールでポジションを持つ。

これを繰り返していると、稀に、自分の思い描いた未来のように、チャートが形作られていくことがある。

このときに、徹底的についていく。

ダブルトップだからここで利食いだとか、AB=CDを形成したから、もういっぱいいっぱいだろうだとか、理屈をつけない。

このような感情は、殆どがプロスペクト理論によって心が揺さぶられているから、頭脳が作り出してしまう感情だ。

前回高値を抜けずに、前回安値を下抜けたら決済。これなら納得できる。

だから、尻尾は取れない。それでいい。ダウ理論だな。

利益が上がるときは不思議な感情を持つ。どうして、取れたかが自分にもわからない。

勝つのは、偶然だということだ。