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モンテカルロ法と死目

モンテカルロ法を使うとなれば、ルーレットだろうか。
1st12(1〜12)、2nd12(13〜24)、3rd12(25〜36)を選択する「ダズンベット」か
2to1と書かれている列を選ぶ「コラムベット」になる。

それぞれ12/37=32.43%の確率があるので、モンテカルロ法で勝てるわけだ。
モンテカルロ法は最初に1・2・3と書き、左端と右端を足した数字をベットする。
負ければベットした金額を右端に書き足し、勝てば、左端から2つ、右端から2つ合計4つの数字を消していくものだ。
だから、数列は、負ければ1つ増え、勝てば4つ消える。20パーセントの確率であれば数列の個数は変化しない。20%を越えるものであれば、数列の個数は減少していくわけだ。32.43パーセントの確率があれば、負けるはずがない。

しかし、これも、マーチンゲール法ほどではないにしても、勝負が長引くと掛け金が増えてくる。



しかし、上の写真のように、博打では往々にして死に目が出来る。もし、1st12でベットしていたら12連敗だ。12連敗は精神的にきつい。4ドルベットから始めて、57ドルの損失か・・40ドルから570ドルか・・少しきつい。死目を避けるには前回と同じダズンに張り続けることだ。上の写真で言えば5勝7敗。ツラ張りのようなものか。わたしはツラ張りで9連敗までの経験があるが、この方法を変えようとは思わない。3回同じダズンに入ったら、4回目は高い確率で別のダズンに入るなどという夢は見ない。

いずれにせよ、自分の方法を見つけたら貫くことだ。それでも負けることはある。負けを認めてカジノを出る勇気を持つことが最も大事だと思う。

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麻雀はいつも愉しい

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真っ白な夏の日に麻雀をしている4人がいる。東の一局で親の倍満を和了って安心しきったあなたは、連荘することもなく、場は流れていく。しかし、手が伸びない。いい配牌をもらっても、早いリーチをかけてきた相手に対して、降りてしまう。あなた以外の3人は手負いの獅子だ。ドラが対子にでもなれば、少々無理な形でもリーチをかけて攻めてくる。あなたは一切放銃しないが、ほかの3人はリーチをかけて自莫り、追い上げに懸命になっている。南の一局の親を簡単に流されたあなたは原点を少し浮いた程度の点数にまで落ちてきている。でも、まだトップ争いはできる。しかし、攻めてくる相手に対して攻め返せな い。どうしても、その勇気が出ない。だから、手が伸びない。放銃は一度もしなかったのに、終局したとき、あなたはラスを喰っていた・・・。これはプロスペクト理論のなせる技である。利益を手放したくない、この思いが強すぎて、二の矢、三の矢が放てない。よくある話だし、自分にも心当たりが大ありだ。
麻雀は愉しい。ネットでも打てるということで、Dora麻雀に行ってみた。わたしは関西在住なので3人麻雀のほうがいい。
 
Dora麻雀の3人麻雀は萬子の2〜8を抜いてある。
例えば、ドラが九萬で、親が一巡目にこれをポンしたとする。子方の考えることは色々とある。まず、考えるべきは、親の役は何だろうということ。対対和、混老頭、字牌の一役・・。などが咄嗟に思いつく。子方のすることはまず役牌を押さえ込むことだ。まず、東と三元牌は打てない。
 
ura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgman9-66-90-s-emb.pngman9-66-90-s-yoko.pngman9-66-90-s-emb.png
 
こう言うと、「それでは和了れないじゃないか」という人が現れる。そうなのだ。ドラを一巡目に鳴いた親に対して牌を抑えて和了れなくてもいいのだ。牌を絞ることが麻雀の技術の一つだと思う。もともと全局自分が和了れるわけじゃない。相手の得点を最小限に抑え、こちらの獲得点を出来るだけ伸ばす。このことの繰り返しなのだ。リスクとリワードを考えて、一牌一牌を切るべきなのだ。

私にとってのDora麻雀はトレードやカジノの合間の息抜きだけれど、本気で戦っている方も多数おられる。
麻雀は愉しい。

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国士無双を上がってみた。


Dora麻雀はこちらから。
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モンテカルロ法の仕組み

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モンテカルロ法は配当が3倍の場合に使われるベットシステム。
シミュレーションは色々なサイトで紹介されているから、検索して貰いたい。

まず123と連続した数字を書く。これは、連続した数字ならばいくつ書いても構わない。
一般的には最初に三つ書く方法が使われている。

1・2・3

最初に建てるユニット数は両端を足したもの。負けたら、そのユニット数を右端に書き足す。勝ったときは、左側から2つ右端から2つ、合計4つの数字を消す。そして、数列がなくなるか、もしくは1個だけ残ったときに1セットが終了となる。終了したときには利益が出ているという寸法だ。だから、初回に4ユニットで勝てば、そこで終了。

単純に考えると、負けたらユニット数1個足して、勝ったら4個消しているわけだ。4連敗の後1勝してユニットの数は変わらないが、合計ユニット数は大きくなっていく。しかし、3敗1勝のペースであれば、数字は一つずつ消えていく。これは勝率25パーセント。

<モンテカルロ法を検証してみる。>

もしも、連続した数字が6個並んでいる場合、
n+(n+1)+(n+2)+(n+3)+(n+4)+(n+5)

両端から二つずつ消す数={n+(n+1)}+{(n+4)+(n+5)}=4n+10

6つ並んだときにベットするユニットは両端を足したものだから、配当が3倍であれば、両端を足した数の2倍が、両端から二つずつ消す数より多ければ理にかなっている。

両端を足した数の2倍は
{n+(n+5)}×2=4n+10
同じになる。

(n+5)が最後の数字なので、5をxと置き換えてみると、

両端から二つずつ消す数={n+(n+1)}+{(n+x-1)+(n+x)}=4n+2x
両端を足した数の2倍は{n+(n+x)}×2=4n+2x

両端から二つずつ消す数は両端を足した数の2倍に等しいということになる。
つまり、連続した数字であれば最初のnは何でも構わないということ。

さらに「連続した数字」というのは、隣の数字との差が1と限ったことではない。
上の数式の「1」の部分をyに置き換えてみると、

両端から二つずつ消す数={n+(n+y)}+{(n+x-y)+(n+x)}=4n+2x
両端を足した数の2倍は{n+(n+x)}×2=4n+2x

やはり同じになる。

上手くできているものだと思う。キャンセリングシステムは、勝率が「勝ちに期待できる確率」よりも下でも張るユニット数の変更によって収支をプラスにするものでなくてはならない。

ルーレットならば「ダズンベット」か「コラムベット」にチップを置くことになる。

実践については また今度

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オンラインカジノで収益を上げる

博打で勝つ方法は二つある。

1.自分に波が来ているときに張りを大きくする。
2.損失を張りで取り返す。

張りを大きくしていくのは、一般にはプログレッシブシステムと呼ばれる。勝てば1・2・3とか1・3・5とか増やしていくやり方だ。1・3・5はホノルルシステムと呼ばれる。プログレッシブシステムは実際にカジノに出かけて行き、その場の空気感を感じる感性が必要になる。だから、オンラインカジノでは使いにくい。

損失を張りで取り返すのはオンラインカジノでも実践がたやすい。一般にはキャンセリングシステムと呼ばれ、勝率が低くても張りで損失を帳消しにする。ただ、これも、それなりの戦略を持って望まなければ、ある日信じられないような損失をはじき出す可能性を秘めている。どこかで損を認めて一からやり直す精神が必要になるだろう。

カジノが恐れているのは案外単純なマーチンゲールなんだと思う。マーチンゲールはベット金額が倍々に増えていくが、資金があり、ベット方法に破綻がなければ必勝法たり得る。しかし、オンラインカジノではテーブルごとに下限と上限を設けている。つまり、マーチンゲールに限界を設定しているということになる。

マーチンゲールは1回の勝ちでそれまでの負けをプラスに変えてしまう方法だが、ほかにもキャンセリングシステムは沢山存在する。
これからは、少しだけキャンセリングシステムについて書いていこうと思う。


 

100÷0がわからない

子どもの頃、1÷3の意味が分からなかった。1を3つに分けるとはどういうことなのだろう。あの頃の私にとっては1は完全に1であって、その一つ下の数字は0であった。3つに分けることなど不可能なのだ。どういうことだ?1を3で割ると0の空間で粉々になってしまう。1÷3は不思議な問題だった。そして難しい問題だった。
あの頃の私は零ということが理解できなかった。無ということは私に永遠の恐怖を与えた。今でも理解できていないのだろうと思う。100÷0とはどういうことか分からない。0÷100はどうにもこうにも理解できない。宇宙に何もないということとはどういうことかを考えると、ただただ恐怖に陥ってしまう。
 
およそ教育の場では、 次々と難しい問題が与えられ続ける。それに正解を出すと丸印が付けられ、ときには「よくできました」と桜のスタンプを押してくれる。そんなふうに私たちは 教育というものを受け続けてきた。テストの点数が良い者がさらに難問を出してくれる中学に高校に大学に進み、完全に洗脳されて社会に送り出される。「難しいことは価値のあることだ」そしてそれを解くことはもっと価値のあることだと。
 
洗脳されたままの人間はシステムベットでうまくいかないと、次々と新たなシステムを探し始める。そして、自分で理解できないベット方法を価値のあるものだと思いたがる。さらに、その有り難いベット方法を上手く活用できないのは、自分の勉強が足りないからだと考える。さらにさらに新しいシステムベットをいくつも組み合わせて、努力に努力を積み重ねる。まさに蛍の光窓の雪だ。求めているのは正解であり、時として、常に勝てる方法である。勉強し続ければいつか正解が得られる、そう洗脳されてきたのだから仕方がない。
 
負ける日もある。勝つ日もある。トータルで勝てばそれでよしとするべきだ。今日、目の前の女性を落とせなくても、また、明日違う女性に巡り会える。女性に巡り会う度に声を掛けてみればいい。正解を唯一のよりどころとしていると、これができない。一人の女性に執着してしまう。ひとつのバカラテーブルで勝とうと懸命になる。執着が苦しみを生むと言ったのはお釈迦様。だけど仕方がない。そういうふうに教育を受けてきたのだから。目の前の女性と自分の関係において、正解というものを出さなければいけないのだ。

真実は難しいところには存在しない。真実はシンプルで綺麗なところに宿っている。常に機能するシステムベットなど存在しないのだ。博打は運と見。確率的に有効なシステムベットを作り上げたら、毎日賭場に行く。そして自分のベット方法と出目がちぐはぐなときは、とっとと座を辞して、家に帰って掃除をすることだ。そしたら、また新しい明日が来るさ。

それにしても100をゼロで割るということは、どういうことなのだろう? 今でも分からない。しかし、分かろうとは思わない。多分誰かに説明されても、それを信じることはないだろう。正解など要らない。No thank youだ。

Baccaratはイタリア語でゼロを表すが、単純に零の意味ではなく、4と6を足したら0になった、というように一連の過程を踏む意味を含んでいる。つまり、3日間一睡もせずにゲームを続けたら一文無しになった。これもBaccaratである。

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今日はやられたけれど、ライブバカラならエンパイアカジノしかない。

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