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ドッペルゲンガーと見ている私

ドッペルゲンガー: Doppelgänger)とは、

 

自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象である。

自分とそっくりの姿をした分身。第2の自我、生霊の類。

同じ人物が同時に別の場所(複数の場合もある)に姿を現す現象を指すこともある(第三者が目撃するのも含む)。

超常現象事典などでは超常現象のひとつとして扱われる。Wiki

 

知人が私をパチンコ屋で見たという。

実の母親が私をデパートの前で見たという。

いずれも、同時刻に私はそんな場所にはいなかったのだが、

ある日車を運転していて、ルームミラーに映る後続車の運転手を見て驚いた。

皇族の白い車を運転していたのは、私だった。どこからどう見ても私だった。

背筋に何かが走った。交感神経の極度の緊張が背筋に青い電流を一気に流したのだ。

 

次元のズレとか、パラレルワールドとか、いずれも私は信じている。

私が認識していないところに世界はないのかもしれないということも、その可能性は否定できない。

量子力学が唱えるように、観察者が現実を決めてしまうのならなおさらだ。

 

話は微妙に違うのだが、小学生の頃、私は二人いた。実体を持つ私と、それを見ている私。見ている私はいつも実体の後ろ側にいて、実体を見ていた。

そして、母に質問したことがある。「歩いている僕と、それを見ている僕、どっちが本当の僕なの」と。残念ながら、母親の答えは覚えていない。

 

観察者が世界を決定しているのなら、目に映るものはすべて私自身ということになる。引き寄せとか、思考の現実化とか、いろいろな説があるけれども、それらは自我を捨て去ったときに起きる現実のことであると思う。すなわち「見ている私」が環境を引き寄せ、「見ている私」が世界を作っているということだろう。思考など、現実化するはずもない。

 

少女

 

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