プロスペクト理論は心を縛る
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    2015年1月。全豪オープンでの話である。
    試合はM・シャラポワ 対 A・バノワ
    わたしはこの試合を最初から見ていた。今大会のシャラポワは不調である。1回戦を見ていて、そう思っていた。そして今日の2回戦。第1セットをシャラポワが6-1で取り、第2セットはバノワが6-4で取り返す。流れはバノワである。シャラポワはアンフォースドエラーを繰り返している。
    そして第3セット、スコアは覚えていないが途中バノワが2ブレイクアップになった局面があった。そこから、バノワのテニスが変わる。あからさまに変化した。腕が伸びていない。ストローク戦でも攻めることが出来ず、安全に返球するプレーが続く。わたしは、ここで、駄目だと思った。バノワは完全にプロスペクト理論にはまっていた。現在の利益を失いたくないと。しかし、試合は続くのである。彼女は潜在意識の現状維持欲求にも落ちていた。

    勝つのが怖いのだ。わたしは見ていて辛くなった。果てしなく苦しくなった。彼女の潜在意識は勝ちたくなかったのだ。
    試合が終わり、アナウンサーはシャラポワの大逆転劇に驚きの声を上げる。

    違うのだ。違うのだ。アナウンサーは何も分かってはいない。
    何本かのラケットが入ったテニスバッグを肩にかけ、出口に向かうバノワは笑みを浮かべた・・。プロスペクト理論から逃れた安堵、そして潜在意識の現状維持欲求を成し遂げた安らぎが彼女を閉塞した状況から解き放ったのだ。
    辛い試合だった。心に棘が刺さった気分だった。

    シャラポア

    わたしの書いた「ブックメーカーライブベット教科書」


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    少しだけずれたところ
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      わたしはよく絵画や写真を見るけれど、誰かに教えられたような構図を誇らしげにさらしている作品はわたしを飽きさせる。

      たとえば、黄金比から「少しだけずれたところ」に美があり、命を感じることができる。

      それは日本でいう「間」に頗る似ている。落語の間、歌舞伎で見得を切るときの間、音楽における間。

      スポーツだってそうだ。ロッシがコーナーに入っていくときの微妙な溜め、イチローが体を崩しながらもバットを遅らせて出してくるあの時間差の感覚。

      あれも「間」であり「少しだけずれたところ」なのだ。この「間」を体で覚えると心が深くなる。オンラインカジノや裁量トレードに役立つ・・かもね。

      それにしても、博打は追いかけないことに尽きる。幸運は向こうから飛び込んでくるものだ。しかし、受け取る準備だけはしておかなければならない。

      綺麗な女性に声をかけてみたいなら、いくらでもかけてみればいい。しかし、駄目だと感じたら、すぐに引くこと。その気のない女性につきまとうのは、よろしくない。大抵は断られるだろうが、稀にお茶に乗ってくれる女性に出会う。その時のためにポケットにはいくらかのお金を残しておくことだ。

      これ、トレードの話だよ。
      少しだけずれているかも知れないけどね。

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      国士無双をあがってみた
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        東3局の配牌で9種10牌あったので、当然の如く国士無双に向けてハンドルを切った。8索2索5索と切り、次に1索を切った。雀頭がなくなるけれど、一応、筒子手に見せておきたかったし、もしこの後筒子が流れ込んでくれば筒子の混一もある。

        次巡一萬を自摸ったところで7筒を切って、やはり国士に向かう。その7筒をトップ目の西家が鳴く。西家の手は混一には見えない。2順目に白を切り、7筒ポンの前に9筒を切っている。嵌8筒を見切っているのだ。

        そうなると、字牌の暗刻を隠し持っているか、対対和か。その西家がオタ風の南を鳴き、対対和が濃くなる。いずれにせよ、わたしが対子にした西は切りにくい。南をポンして出てきた牌が5筒。4筒6筒は切りにくいが、前のめりに6筒を切ってみた。ポンの声はかからない。4筒がますます切りにくい牌となった。

        この時点で切りにくい牌は西、4筒、東、あたりか。その東を下家が打つ。少し驚いたが、下家はラス目だから、積極的に行くしかないのだろう。その下家が10順目にドラの4索を切ってリーチ。リーチ前に2筒3筒と落としてきているので、混一まである。索子を自摸ってきたら困るなと思った。

        西家が少し考えて現物の4索切り。その次に私が自摸ったのが9索。これは切れない。下家にも西家にも切れない。8索が2枚場に出ているが、9索は初牌だ。それに加えて、私が7索を切ったとき、タイムラグが発生している。これは誰かが7索を2枚持っている証だ。7索を2枚持って、ドラの4索を切るに値する形といえば、
         
        3索4索5索6索7索7索8索9索
        8索が2枚場に出ているので、下家の手としては、この形が第一本線だと思う。

        しかし、
        1索2索3索4索5索6索7索7索8索8索9索
        この形もある。

        対して西家が聴牌っていれば、4筒と西のシャンポンが第一本線。

        4筒4筒西西

        そしてとりあえず初牌の1萬を切るのだが、この時点で、9索と西が対子になっていて、どちらも切れない。国士は難しい。もし聴牌したら、目をつぶって9索を切るしかないのか・・・。

        しかし、その2巡後、西家が少し考えて西を切った。これに救われた。9索を切らなくて済む。西家は99%西の対子落としだと踏んだ。西家はトップ目だからここで打ち込んでは元も子もない。対子落としなら4筒も切れる状況になった。そしてポンカスの南を自摸って聴牌。あとは運が良かっただけだ。

        昭和の麻雀打ちはこんなことを考えながら、麻雀にかじりついている。全ては妄想かも知れないのだけれどね。



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        日曜日の丁半博打
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          日曜日だ。手慰みに丁半博打をするとしようか。

          丁と半がでる確率は50%。確率である。確率は過去の結果に影響を受けることはない。と昔からいわれ ている。しかし現実には、丁が10回連続出たり、丁と半が交互に出続けたりする。(ルーレットでは1913年にモンテカルロで27連続『黒』が出たのが、 連続の世界記録らしい)この偏りはなんなのだろう。不思議といえば不思議だ。次に丁が出る確率とは本当に50%なのだろうか。

          もしも、「ある状況下」で丁と出る頻度が高いことが判明すれば、札を張る立場として優位性を獲得できる。丁半博打の世界で自分が優位性を保とうとすれば、過去の膨 大なデータを収集し、その偏りの傾向の検証をし続けるしかない。「ある状況下」での検証を深くするのだ。さらにその検証はあくまで客観的でなくてはならな い。人間は特異な状況を強く印象に残す傾向があるからだ。この検証を続けていると、「ある状況下」では、丁と半の出る確率は50%ではないのではないかということを感じてくる。

          50%というのは「賽子を無限数回降り続ければ、丁と半が出る回数の比率は50%に収束していく」ということだろう。

          WIKIで調べてみた。
          " 典型的な客観確率は、ある事象が起きる頻度の観測結果に基づいて、無限回繰り返した際の極限値として定義されるものであり、頻度主義といわれる。これと別 に、「無差別の原理」(どちらが多いか少ないかといった情報のない事象同士の間では同じ確率を割り振るという原理)から論理的に確率が決まるとする論理説 や、対象の持つ傾向性を「確率」と呼ぶ傾向説と呼ばれる立場も存在する。"

          確率にも色々と立場があるようだ。

          丁半博打は参加するものが貸元に手数料を支払わなければならない。江戸時代、賭博を開帳するために、町奉行の手の届かない寺社奉行管轄である寺の一室を借りて開帳したところから、寺銭という。

          土曜日曜と、相場が動かないうちにと、チャーチを穴の空くほど見続けているが、必勝法には出会わない。確率で勝つのは無理だと諦めた方がいい。
          (この文章は私が管理している別サイトの記事を一部校正して掲載したものです)

          売買練習にはForex Testerしかない。絶対にお勧めする。

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          「ForexTester2」

           
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          人の心はややこしや
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            プロスペクト理論はトレードする心理の中で、一番やっかいな問題だと思う。利益を早く確定したい。損失を認めたくない。この心の背景には自分は正しいという意識も潜んでいる。ある閾値までは、利益より損失を大きく感じてしまう。ある閾値を超えると「やけくそ」になる。そして、全財産をベットする暴れ者に変身する。

            *プロスペクト理論WIKI

            このことは、べつに博打に限ったことではない。人間の行動の中で随所に現れる。

            日本の野球を見ていて感じることがある。0-0の投手戦が続いている試合も終盤の7回 表になってAのチームが待望の1点を挙げる。解説者が言う「これで試合が動き始めるかも知れませんね〜」。解説者は今までの経験の中で発言しているが実に的を得たものだ。案の定、7 回の裏にAチームのピッチャーが先頭打者にフォアボールを与えてしまう。これもプロスペクト理論だ。

            0-0が続いているときは、ただ自分のピッチングをすることに専念していたピッチャーが、自分のチームが1点を取ってくれた途端に心理を揺さぶられる。「この1点を守りたい」と。1点は小さな利益だ。この小さな利益は守りたい。ピッチングは今までよりも神経質なものになり、際どいところに投げようと思うあまりに出たフォアボールだ。人間はややこしい。
             
            もしも、味方が取ってくれた点が5点だったら、この心理は働かない。ピッチャーは思う。「5点も取ってくれたんだから1点くらい取られてもいいや」その結果、相手チームを完封してしまうことになる。
             
            こうした心理はカジノのベットにおいて、負ければ賭け金を大きくするマーチンゲールという行動を容易にし、勝てば賭け金を大きするプログレッシブシステムを困難にもする。損失は認めたくない。利益は早く確定したい。
             
            人の心はややこしい。わたしの心も、ややこしい。
             


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            麻雀はいつも愉しい
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              真っ白な夏の日に麻雀をしている4人がいる。東の一局で親の倍満を和了って安心しきったあなたは、連荘することもなく、場は流れていく。しかし、手が伸びない。いい配牌をもらっても、早いリーチをかけてきた相手に対して、降りてしまう。あなた以外の3人は手負いの獅子だ。ドラが対子にでもなれば、少々無理な形でもリーチをかけて攻めてくる。あなたは一切放銃しないが、ほかの3人はリーチをかけて自莫り、追い上げに懸命になっている。南の一局の親を簡単に流されたあなたは原点を少し浮いた程度の点数にまで落ちてきている。でも、まだトップ争いはできる。しかし、攻めてくる相手に対して攻め返せな い。どうしても、その勇気が出ない。だから、手が伸びない。放銃は一度もしなかったのに、終局したとき、あなたはラスを喰っていた・・・。これはプロスペクト理論のなせる技である。利益を手放したくない、この思いが強すぎて、二の矢、三の矢が放てない。よくある話だし、自分にも心当たりが大ありだ。
              麻雀は愉しい。ネットでも打てるということで、Dora麻雀に行ってみた。わたしは関西在住なので3人麻雀のほうがいい。
               
              Dora麻雀の3人麻雀は萬子の2〜8を抜いてある。
              例えば、ドラが九萬で、親が一巡目にこれをポンしたとする。子方の考えることは色々とある。まず、考えるべきは、親の役は何だろうということ。対対和、混老頭、字牌の一役・・。などが咄嗟に思いつく。子方のすることはまず役牌を押さえ込むことだ。まず、東と三元牌は打てない。
               
              ura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgura.jpgman9-66-90-s-emb.pngman9-66-90-s-yoko.pngman9-66-90-s-emb.png
               
              こう言うと、「それでは和了れないじゃないか」という人が現れる。そうなのだ。ドラを一巡目に鳴いた親に対して牌を抑えて和了れなくてもいいのだ。牌を絞ることが麻雀の技術の一つだと思う。もともと全局自分が和了れるわけじゃない。相手の得点を最小限に抑え、こちらの獲得点を出来るだけ伸ばす。このことの繰り返しなのだ。リスクとリワードを考えて、一牌一牌を切るべきなのだ。

              私にとってのDora麻雀はトレードやカジノの合間の息抜きだけれど、本気で戦っている方も多数おられる。
              麻雀は愉しい。

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              国士無双を上がってみた。


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              100÷0がわからない
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                子どもの頃、1÷3の意味が分からなかった。1を3つに分けるとはどういうことなのだろう。あの頃の私にとっては1は完全に1であって、その一つ下の数字は0であった。3つに分けることなど不可能なのだ。どういうことだ?1を3で割ると0の空間で粉々になってしまう。1÷3は不思議な問題だった。そして難しい問題だった。
                あの頃の私は零ということが理解できなかった。無ということは私に永遠の恐怖を与えた。今でも理解できていないのだろうと思う。100÷0とはどういうことか分からない。0÷100はどうにもこうにも理解できない。宇宙に何もないということとはどういうことかを考えると、ただただ恐怖に陥ってしまう。
                 
                およそ教育の場では、 次々と難しい問題が与えられ続ける。それに正解を出すと丸印が付けられ、ときには「よくできました」と桜のスタンプを押してくれる。そんなふうに私たちは 教育というものを受け続けてきた。テストの点数が良い者がさらに難問を出してくれる中学に高校に大学に進み、完全に洗脳されて社会に送り出される。「難しいことは価値のあることだ」そしてそれを解くことはもっと価値のあることだと。
                 
                洗脳されたままの人間はシステムベットでうまくいかないと、次々と新たなシステムを探し始める。そして、自分で理解できないベット方法を価値のあるものだと思いたがる。さらに、その有り難いベット方法を上手く活用できないのは、自分の勉強が足りないからだと考える。さらにさらに新しいシステムベットをいくつも組み合わせて、努力に努力を積み重ねる。まさに蛍の光窓の雪だ。求めているのは正解であり、時として、常に勝てる方法である。勉強し続ければいつか正解が得られる、そう洗脳されてきたのだから仕方がない。
                 
                負ける日もある。勝つ日もある。トータルで勝てばそれでよしとするべきだ。今日、目の前の女性を落とせなくても、また、明日違う女性に巡り会える。女性に巡り会う度に声を掛けてみればいい。正解を唯一のよりどころとしていると、これができない。一人の女性に執着してしまう。ひとつのバカラテーブルで勝とうと懸命になる。執着が苦しみを生むと言ったのはお釈迦様。だけど仕方がない。そういうふうに教育を受けてきたのだから。目の前の女性と自分の関係において、正解というものを出さなければいけないのだ。

                真実は難しいところには存在しない。真実はシンプルで綺麗なところに宿っている。常に機能するシステムベットなど存在しないのだ。博打は運と見。確率的に有効なシステムベットを作り上げたら、毎日賭場に行く。そして自分のベット方法と出目がちぐはぐなときは、とっとと座を辞して、家に帰って掃除をすることだ。そしたら、また新しい明日が来るさ。

                それにしても100をゼロで割るということは、どういうことなのだろう? 今でも分からない。しかし、分かろうとは思わない。多分誰かに説明されても、それを信じることはないだろう。正解など要らない。No thank youだ。

                Baccaratはイタリア語でゼロを表すが、単純に零の意味ではなく、4と6を足したら0になった、というように一連の過程を踏む意味を含んでいる。つまり、3日間一睡もせずにゲームを続けたら一文無しになった。これもBaccaratである。

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