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観察者がいないと現実は存在しない

「今を生きる」という。「今しか存在しない」という。

 

理屈はわかるが、できない。

記憶を消すことはできないし、時々その記憶にピーナッツバターをかけて、ゆっくりと舐め続けることもある。

また、若い女の子と裸でベッドに横たわってその白いお腹を見ていると、自分が時をさかのぼったような感覚に襲われることもある。

 

色々なことがあったし、これからも色々なことがある。

それでいいじゃないか。

死ぬときは来るのだし、私が今生きているという証などどこにもない。

認識している自分がいるだけなのかもしれないし、別の次元では違うことが起きているのかもしれない。

 

観察者がいないと現実は存在しない。

私は今も昔も観察者である。

しかし、目の前に出現することに喜び悲しみ憤る。

それでもいいじゃないか。

 

先日来、部屋でラップ音がする。

電気がショートして弾けるような音だ。

数日経っても止まらないので、

 

「やかましいぞ、こら」

 

と一喝したら、それ以後、音はしなくなった。

 

現実は案外面白いものかもしれない。

 

 

彷徨を聴く

小椋佳の「彷徨」を聞いていると、やたら昔のことが思い出される。

 

いったい何人の女との別れを繰り返したことか。

いったい何人の女の乳房を口に含んだことか。

 

数え切れない。

覚えていない女もいるだろう。

 

博打三昧だった高校の頃。

毎日、パチンコ屋に通い、毎日、雀荘で夜を過ごした。

 

いろんな人と卓を囲んだ。

競輪選手、漁師、スナックのママ、電電公社の職員、ホモセクシュアル、役人・・・。

美輪明宏の付き人だったいう人には、よく股間を触られた。

 

ヤクザのおっちゃんとはよく将棋を指したが勝った記憶がない。

将棋を指している最中、そのおっちゃんに因縁をつけた男がいた。

おっちゃんは少し離れたところにいた自分の女に「チャカ持ってこい」と言った。

 

深夜に友達と二人で狭い道を歩いていると、向こうから長髪の薄汚れた男が歩いてきた。

右手を背中の後ろに隠すようにして、こちらの様子を上目遣いに見ている。

殺気というのは分かるものだ。

隣の友人もその男が包丁を背中に隠していることを直観した。

そして、

「おまえ、そんな光り物持たんと、喧嘩もできんか!!」

と一喝した。

 

 

いろんな事があった。懐かしいが、まだ、これからだと思う。

 

「この空の青さは」

帰るときめた夜が明ける

一人よがりの 冬が終わる

ああ それにしても この空の青さはどうだ

この雲の白さはどうだ

僕はもう逃げない

君が待ってる

 

およそ歌詞というものに出てくる「君」「きみ」と言う単語はもう一人の自分のことを指していると考えた方がいい。

マイケルの歌だってそうだ。

 

Michael Jackson_You Are Not Alone

自然の力か・・桑の葉茶

訳あって、20代の時に胃と十二指腸を切除し、食後の高血糖が続いていた。

 

最近、不意に薬を飲むのが嫌になった。

グルコバイ、グルファスト、ネシーナ。

グルコバイ、グルファストをやめて、桑の葉茶を飲むようにした。

8.6だったHbA1cは3ヶ月で6.6まで下がった。これは事実である。桑の葉茶のDNJという成分が効くようだ。

ただし、土瓶で煮出して一日に1リットル飲んだ。

 

万人に聞くかどうかは分からないが、私にとっては、ヤーコンとかキクイモなどよりは断然効果が高い。

高血糖の方が、この記事に偶然アクセスすることを願う。

 

8/4追記

7月の検査でのHbA1cは6.0。食後血糖値134。

 

JUGEMテーマ:健康

VAPEは煙草より美味い

先日から目眩がぶり返した。身体も泥のように重い。

 

最近煙草をやめてVAPEばかり吸っている。

アトマイザーはDoggy style 2K16 RTAとDvarw Style MTL RTA Rebuildable Tankが気に入っている。

 

始めた頃は、Youtubeで評価の高いものばかり買っていたが、結局RTAだけが残った。Youtubeのレビュワーはスポンサーが付いているので正直なことが言えないのだろう。外国人のレビュワーはとても正直なレビューをするが、私には英語が分からない。しかし、ビルドの仕方などはとても参考になる。そして行き着いたところが、上の二つのアトマイザーだった。Dvarw Style MTL RTA Rebuildable Tankは気に入りすぎて今日二つ目を買った。市販のクリアロならばノーチラス2だろう。味は図抜けていると思う。しかし、コイル代が高いので辞めた。

 

リキッドには大抵ニコチンを少量入れているが、ニコチンなしのものも吸う。アトマイザーが決まれば、あとはリキッド探しだ。市販のものは高い。だから香料を買って自作している。

 

煙草を吸うなら、VAPEにしたほうがいい。美味いからだ。

 

 

JUGEMテーマ:VAPE

 

完璧主義は苦悩を呼ぶ

年をとると面倒に感じることが多くなる。MovableTypeでせっせとブログをデザインしていたのは遠い昔。

もう1年以上体調不良で鬱々としている。24時間体調が良かったことがない。

完璧主義をやめた方が楽なのは感じているのだけれど、長年の癖か病を引きずり出す。

 

曇り空。庭に出ると蚊が元気だ。夏も終わりに近づいている。

 

蚊取り線香

 

阿佐田先生のお星様

『宿六・色川武大』 色川孝子

私は色川に背を向け、眠ったふりをしたのでしたが、それでも彼は点滴の針がさしてあるほうの腕を動かして、私の肩を指でつつくのです。
「どうしたの」
彼は、片方の手のひらを表にしたかと思えば、裏へと返し、ひらひらさせて、おどけるのでした。
「それ、何なの」
「お星さま」
あまりのばかばかしさに、二人して顔を見合わせ、小声で笑ってしまいました。彼のベッドと私の簡易ベッドには段差があり、さぞ疲れるだろうと思うのですが、このあと彼は私の手を強く握り締めたまま、いびきをかいて眠ったのでした。

(中略)

まだ、生きているかのように、彼の身体は暖かく、皮膚は柔らかく、心地よく眠っているとしか思えないのでした。心臓は停止してはいても、脳は生き続けているかのように。真夜中の『お星さま』は、なにを意味していたのでしょうか。ただ単に、おどけていただけだったのでしょうか。それとも、別れの挨拶だったのでしょうか。何かを語りたかったのでしょうか。教えてください。ぜひ、もう一度、口を開いてほしいのです。


涙滂沱として流る。一気に疲れが出た。

 

「阿佐田先生」  1929年、東京に生まれる。

敗戦下の日本で博打を極め、週間大衆に連載した「麻雀放浪記」で、圧倒的な支持を受ける。

一方、本名・色川武大の名前で、1961年「黒い布」で中央公論新人賞、1977年「怪しい来客簿」で泉鏡花賞、1978年「離婚」でついに第79回直木賞を受賞する。その後も川端康成賞、読売文学賞などを受賞。

 

阿佐田先生が亡くなってから長い年月が経ってしまったが、先生が与えてくれた博打についての 様々な横顔は今も私達の心の中で生きている。そして、それは人生というものについても同様である。麻雀放浪記で私達に夢を与え、ドサ健ばくち地獄で度肝を 抜いてくれた。ナルコレプシーという奇病に苛まれながらも麻雀の神様と崇められ、近代麻雀誌上などで先生の牌譜を見るのが私達の楽しみだった。先生の牌譜 は千変万化という印象が強く、配牌の時に存在した牌が終局間近には一枚も無くなっているという事も多かったように思う。自分が牌を握るときには、常に先生 の存在が心の片隅にあった。競輪にも造詣が深く、独自のバランス感覚で勝負の綾を作りあげていった。著書「阿佐田哲也の競輪教科書」(徳間書店)は、まさしく私達のバイブルになり得た名著である。1989年4月10日、午前10時30分、宮城県立瀬峰病院にて、逝去。死因は心臓破裂である。合掌。


冒頭の文章を、涙なくして見られない。誤解を怖れずに言えば、阿佐田先生と私は非常に似ている。いや、こう言えばやはり誤解されるだろ う。しかし、これは、事実である。 「 阿佐田哲也・色川武大 人生修羅場ノオト」という本がある。これを読んだときにも、余りにも似ているところが多いので怖くなったくらいだ。その阿佐田先生が「お星さま」か・・。 参ります。参ります。ただ、先生、私は女の手を握れない。恥ずかしくて仕方ない。絶対に握れない。私は阿佐田先生を目標にしていたわけでもなく、阿佐田先生のように生きたいと思ったこともない。だが、その内実を知るに連れ、似ているところの多さに愕然とした。

 

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キャンプの想い出

昭和の時代に今のようなしゃれたデザインのコテージがあるキャンプ場などなかった。

中学生の頃、夏休みがくると仲のいい友達で川にキャン プに行った。女の子5人男の子5人くらいだったと思う。キャンプに行くにはテントが要る。あの頃は貸しテント屋さんがいくつかあって、夏休み前にテントを 借りる予約を入れて、当日テントと飯盒を借り、バスに乗って川原でキャンプを張った。必要なものはみんなで持ち寄ったが、その中にフォークギターがあっ た。日の高いうちは川で泳ぎ、日が傾いてくるとカレーライスを作り、夜になればキャンプファイヤーを囲んでギターを弾き、歌を歌った。なぜか、人気があっ たのが、「戦争を知らない子どもたち」ジローズの曲。



中学校3年の時だったろうか。キャンプファイヤーの火も消し、みんなテントで眠る頃、わたしは一人の女の子と河原で並んで寝転び、満天の星を見上げていた。流れ星がいくつもいくつも空を横切っていく。

深夜になり、二人でトイレに行ったとき、(当時のキャンプ場のトイレというのは肥溜めの上に板を張り、四方を見えないように囲んだだけのものだった)わたしは、一本の木に無数の霊魂を見た。大きな木の幹に、まさに恨めしい表情の人の顔が十、二十と張り付いているのである。これは女の子も一緒に見たので私の錯 覚ではないと思う。

怖いね、怖かったね、と言いながら私たちは河原に戻り、興奮した心を冷ましながら満天の星のささやきを聞き続けた。相変わらず時々流れ星が次々と黒い空を裂いていく。夜空は私だった。二人で手をつないで寝転び、寝転んだ背中が河原の石で痛くなれば起きて膝を組み、何も話さなかったのか、ずーっと語り合っていたのか、わたしには記憶がない。 しかし満天の星はまぎれもなく私だった。そして山際が白み始め、一夜の青い夢が終わった。

今、思う。
あれは本当の出来事だったのだろうかと。
手をつないでいたのは誰だったのだろうと。
 

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