初めてのキス
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    まだ私が高校生だったころだ。
    夕暮れも近くなった誰もいない教室で椅子に腰掛けたまま私は校庭のハンドボール部の練習を眺めていた。開けた窓から入ってくる秋風が冷たい。そんな教室に修平がやってきた。他校の生徒に麻雀でやられたという。持ち金が足りなくて,明日までに残金を支払わないといけないらしい。修平はそんなに 乱暴な打ち手ではない。どちらかというと慎重なタイプで,セオリーに忠実なところが長所でもあり短所でもある。そんな感じだから決して持ち金が足りなくな るほどの大敗を喫することは考えにくい。修平はことのいきさつを話した。

    半荘5回で役満を4回和了されたという。そのうち一度は6順目で大三元ということもあったそうだ。こちらは修平と足立という男の二人。場所はK高校の不良たちが溜まり場にしている雀荘である。まともな麻雀でやられたわけではないらしい。
    「明日,一緒に行ってくれないか」
    「尻拭いはしないよ」
    「わかってる。」
    そういいながらも修平は何か言いたそうである。
    「まあ,なめられたまま引き下がるわけにもいかんけどな」
    先に私が言葉にした。

    指先から弾かれたボールがネットを押し込む。キャプテンの森田だ。身長はそれほど高くはないのだが,ばねの効いた身体から気持ちのこもったシュートを放 つ。相変わらずディフェンスも粘り強い。森田がさらにゴールを決めて,練習が終わる。教室のガラス戸を開けて突然入ってきた紀子は、修平の姿に気づくと、 困惑した表情を私に投げかけた。
    「もう練習は終わったんだろ」
    紀子はハンドボール部のマネージャーをしている。
    「森田を呼んできてくれんか」
    私が紀子と付き合い始めてから半年がたっていた。学校中が認める関係だった。

    森田はしぶとい麻雀を打つ。安易に土俵を割らないといった感じか。牌の流れに逆らわないが、それだけではなく、ここぞというときに底力を見せる。私とも 数え切れないほどの局数を打っているが、彼が大敗して席を立つのを見た覚えがない。だから、お互いの打ち筋や性格はよく知り尽くしている。パートナーには 最適だと思った。紀子に連れられてやってきた森田に私はことの顛末を話し、一戦交えてみないかと誘った。森田は泥だらけのユニフォームを着たまま相好を崩 した。真っ黒な顔から白い歯がこぼれる。
    「明日は練習が休みだから好都合だ」
    私もそのことは知っていた。だから紀子と新しくできたジャズ喫茶に学校の帰りに行ってみる約束をしていたのだ。紀子と校門で待ち合わせている時刻が4 時。修平がK高校の溜まり場に行くのが12時。4時間もあれば何とかなるだろうと思っていた。気がつくといつしか校庭は夕焼けに染まっている。私は自転車 の後ろに紀子を乗せて駅に向かった。紀子は遠慮がちに私の左腰から腹部にかけて腕を回したまま黙っている。紀子は真面目な学生だった。なぜ、私のような男 と付き合ってくれるのか分からなかった。同じく真面目な男子学生に声をかけられることが多かったらしいが、学校の不良と呼ばれる男たちは私の手前絶対に紀 子を誘うようなことはしなかった。駅が近づいてきて、空の茜色が一瞬濃度を増したかと思うとすぐに闇が静かに降りてきた。電車に乗り込む紀子が小さく手を 振った。

    翌日、選択科目の授業を紀子と席を隣にして受講した後、森田と私は学校を抜け出した。雀荘に着いたのが12時を少し過ぎていた。店内に入ってみて私は少しばかり驚いた。そこには十数人の学生がたむろしていた。そして誰も麻雀を打ってはいない。私達が来るのを明らかに待っていたのだろう。店内に入っていく私達を少し遠巻きにして見ている。先にきていた修平に目で招かれるまま、私達は店の一番奥の卓に座った。その卓には既に二人の男が座っていた。一人は小柄で大きな目をきっと見開いている。もう一人は浅黒い肌をした坊主頭の男だった。森田とどちらが黒いかななどと思ったが見比べてみると森田の方が数段黒かった。初めて来た店で大勢の学生に取り囲まれて店の一番奥で麻雀を打つ羽目になった。しかし、店は一階で、カーテンで日は遮られてはいるものの、いくつか窓もある。見渡すかぎり、この卓に座っている二人以上に肝の据わっていそうな輩もいなかったし、いざとなれば窓を蹴り破って逃げることくらいはできそう だった。

    勝負は半荘8回と決め、ノーテン親流れ、チョンボ連荘なし、誰かがハコを割った時点で半荘終了。私は少しでも時間のかからないルールにしたかった。もちろん電動卓などない時代である。手積みだ。半荘一回目から私は飛ばした。私と森田は事前にいくつかのサインを決めていた。何も決めずに乗り込んでくる気は なかった。二人がそろって勝つ必要はなかった。どちらかが大きく勝てばそれでよかった。しかし、サインは必要なかった。不思議に手が入るのだ。親で連荘し、南場の2局で小柄の男がハコを割った。自然と私が上がり役になった。2回戦3回戦と私がトップを取ると、取り巻き連中が浮き足立った気配を見せたが、 浅黒い男が細い目で皆を制した。

    その次の半荘から、風が変わった。二人の男は明らかにどちらかが山を積む時点で三元牌を集めるようになっていた。そして、 私に放銃しなくなった。私は全くあがれないまま、4回戦は浅黒い男が小さなトップを取った。気がつくと、私の後ろに修平が立っている。私の手は二人の男に 通されていると覚った。修平は私に麻雀で勝ったことがない。どういう経緯かは知らないが、この二人の男とぐるになっていてもおかしくはない。私達より先に 来ていた修平が昨日の負け金を支払ったのかどうかは知らないが、負け金の代わりが私達を連れて来てサインを出すことであっても不思議ではない。いずれにせ よ、見くびられたなと思った。だが、修平とぐるになる程度の男たちなら何の心配もない。森田の後ろにも学ランを着た背の高い男が立ったままだ。

    5回戦。私は手牌のうち、2枚を左手で握り込んだまま打つことにした。そして頻繁に森田にサインを出した。相手がそういう手でくるのなら遠慮はいらないと思ってい た。時計は既に3時になろうとしていた。私は上がり続けた。森田のパスは的確だった。再び小柄な男がハコを割り、私はトップを取った。しかし、時間が気になった。このままでは4時には終わりそうもない。

    6回戦第一局、小柄な男は露骨に三元牌を自分の山に積み始めた。山を積み終えて山の数を数えると一つ足りない。多分、小柄な男が2牌握っているのだ。握っているとすれば、やはり三元牌。私は森田を見た。森田も私を見ている。小柄な男が賽を振り、自分の山から配牌を取る。少し緊張した。とにかく 早く上がらなければならない。時間をかけていては親の役満が目に見えている。しかし、8順を過ぎても、どうしてもテンバらない。森田からもサインが飛んで こない。奴も手が出来ないのだ。じりじりとした時間が過ぎていき、森田が捨てた四萬に親が手を倒した。と同時に、私は手に握っていた一萬を親の捨て配の中にそっと滑らせて、代わりに1牌抜いた。親は大三元。四七萬待ちだったら、やられていた。ここで親の役萬を上がられると、こちらに来ている流れが変わりかねない。しかし、ついていたのだろう。小柄な男の待ちは一四萬だった。フリテンである。それを森田がすぐに指摘した。森田は私の左手の動きを見逃さなかったのだ。小柄な男は椅子を蹴って立ち上がったまま、真っ赤になった顔で卓を睨み続けて動こうとはしなかった。それで勝負は終わりだった。あとは流れのままに私が上がり続け、8回戦を終えた時、既に時計は5時をまわっていた。紀子との約束は4時だった。二人の男は何も言わなかった。取り巻きの連中もどこか素知らぬ顔をしてあらぬ方を見ているだけだった。

    雀荘から少し離れたバス停の前で森田と別れ、私は校門へと急いだ。あたりは既に夕闇であるが、自転車を飛ばす私の顔のそばぎりぎりを赤蜻蛉が次々とすれ違っていく。自分の息が耳に大きく聞こえた。

    校門前の薄暗がりの中で紀子は立っていた。学生鞄を両手で膝の前に提げてうつむいている。私は自転車のブレーキを大きく軋ませて紀子の前に自転車を止め、浮かび上がる白い頬に口づけた。それが最初のキスだった。ジャズ喫茶に向かう自転車の後ろに乗った紀子の左腕がいつもより力を込めて私の腰を抱えていた。

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