この世はわたしを映し出している

昨年秋まで、障害を持った男性が、杖をつきながら2頭の犬を散歩させていた。
明らかに保健所に持ち込まれたれた年老いた犬である。この2頭の犬は、男性の横をゆっくりと歩きながら、時折男性の表情を見上げていた。そして、決して男性の前を歩くことはなかった。

その男性の姿を、秋も深まった頃から見かけなくなった。

心配していたら、この冬から、2人の親子をよく見かけるようになった。
お母さんが前を歩き、中学生くらいの女の子の手を引いている。

女の子は明らかに障害があり、片足を引きずるようにしていて、頭にはベージュ色のヘッドギアを着けている。散歩なのか、バス停から自宅への帰途なのか分からないが、うちの前の道を通っていく。

その女の子の世界にはお母さんしかいないだろう。二人とも言葉を交わすことはないが、女の子の後ろ姿には陰鬱なものを全く感じない。「今」という時だけを考えれば、彼女は幸せなのかも知れない。

見かけなくなった男性と犬。
急に見かけるようになったお母さんと女の子。

この世はわたしが作ったホログラムである。
そういうことを感じざるを得ない。


今日も日が暮れる。


みんな元気で。
みんな幸せで。

ベッドに入ってきた女性に囁かれた丑三つの夜



わたしは普段1時間のタイマーをかけたラジオを聴きながら眠りに入るのだが、眠りが浅いので、1〜2時間で目を覚ます。

他人とひとつのベッドで寝ることはない。
他人の波動を感じてしまうので、一緒には眠れないのだ。

1月8日未明。気がつくと、ラジオのタイマーが切れている。習慣でラジオの電源を入れると、5秒くらいで切れる。再び電源を入れる。また、5秒くらいで電源が切れる。電池は2日前に交換したばかりだ。

10年以上使っている安物のラジオなので、寿命が来たのかと諦めて、眠りに入りかけた。

そのとき、衣擦れのような音がして、誰かがベッドに入ってきた。
わたしはいつも右肩を下にして横寝している。

その背中の方に誰かが入ってきた。

耳元ではっきりと女性に囁かれた。

「いつもと逆やね。ごめんね、音させちゃって。じゃあね」

わたしは寝返りを打ったが誰もいない。
時計を見ると2時10分。
丑三つ時である。
丑三つ時といえば怖いものとしてとらえられる印象が強いが、
諸仏成道の時間であるとも言われる。

この出来事で目が覚めた。
再びラジオの電源を入れると、ラジオは音を出し始めた。
わたしは、いったい、誰が来たのだろうと考えていた。
別れた女性は多すぎる。

「いつもと逆やね」
とはどういう意味だろう。



しかし、思い当たることがある。
3日ほど前に、わたしはある女性が亡くなった夢を見ている。
だが、耳元で鮮明に聞こえた声は彼女の声とは少し違う。

ラジオは鳴り続けていた。
そして、わたしは過去のことを考えつづけていた。

ラジオが語る。
「3時をお報せします」
時報が、プップップッと鳴り、正時のプーを告げずに電源が切れた。



思ってみれば、幸せな出来事だった。
わたしのベッドに入ってきたのが誰なのかは定かではないが、
わたしが別れてきた女性の一人が、わたしのことを想ってくれていた、慕ってくれていた、信頼してくれていた・・。

そのことはとてもありがたいことだ。

また、肉体を離れた魂というのは、幸せそうな声をわたしに聞かせてくれた。

ほんとに、ありがとう。

遠くない将来、誰かの訃報をわたしが知ることになるだろう。

那波多目 功一氏 https://www.umashi-bito.or.jp/artist/76/



確かなことはあまりに少ない

この一週間くらいで、突然五七五を吐き出した。

風鈴の音色のような女(ひと)ありき
これが人生で初めて作った五七五。

膝の上いとしき烏の濡れ羽色

立ちのぼる紫煙の中の我が命

白湯を飲み目を閉じてみる夜半なり

芋虫の食べ残したるほうれん草雑煮に入れてしばし眺めん

土の中蝶の夢見る雨蛙

掘るほどにみみず溢れる豚小屋で吾子の笑いが止まらなくなる

海鳴りに立ち尽くしている父母の墓合わせた手をもて寒風を斬る



俳句にもなっていないだろうし、短歌にもなっていないだろう。



思い起こせばこの1年で何が変わった?
街で見かける人たちが、みんなマスクをしていることだけだ。
情報は山ほどあるけれど、確かなことはそれだけだ。
わたしは、こういう隠れたことを好まない。


体調を崩し浅い夢ばかり見ている。
倦んでいる。
冬。



過去を忘れる薬がほしい。

熱燗の匂いがする大晦日の夕餉

父親が亡くなって、9年を越えた。
未だに動いている父親の時計。
入院中に兄が買ったものだ。
電池交換などしたことはない。
でも、動いている。


今年の冬はわたしの体調が悪く墓参りにいけなかった。
思いを綴った。

「海鳴りに立ち尽くしている父母の墓
合わせた手をもて寒風を斬る」

と。
父親の墓は海辺にある。

わたしの家の夕飯におせち料理などない。
わたしは正月が嫌いだ。
多数と同じ行動を取ることに嫌悪を覚える。

いつもと同じ夕食。
箸を手に取ると、熱燗の匂いがする。
わたしは一滴の酒も飲まない。
しかし、あからさまに熱燗の匂いがするのだ。

父親が座っているのだと感じた。
これは間違いない。

わたしの右隣に父親が座っていて熱燗を呑んでいた。

寒い大晦日。
熱燗で暖まってくれればいい。

今度、墓まで行くからな。

エディット・ピアフ HYMNE A L’AMOURとLa Marseillaise

20世紀最大のシャンソン歌手と言われたエディット・ピアフは1915年軽業師の父と路上の歌手を母に、パリの下町で生まれる。

幼時から父に連れられて、場末の町から町を歌って歩いた。
18歳のとき、ルイ・ルプレに見いだされて、モーム・ピアフの名でデビュー。たちまち大スターとなった。

その後、華やかな男性遍歴、殺人容疑や交通事故、麻薬と酒に溺れた日々―
「二人分の人生を生きたわ」と自らを回想したほど。波乱に満ちた人生を送った。

生涯に280ものレコーディング曲を残し、とりわけ「バラ色の人生」と「愛の讃歌」は世界的なヒットとなった。

1963年10月10日、リビエラで死去。享年47。

参照 https://wmg.jp/edith-piaf/profile/




わたしは彼女の死に僅かな疑いを持っている。

薬依存に苦しんだ「愛の讃歌」エディット・ピアフの心の中




「HYMNE A L’AMOUR」

  Le ciel bleu sur nous peut s’effondrer,
  Et la terre peut bien s’ecrouler,
  Peu m’importe si tu m’aimes,
  Je me fous du monde entier.

  Tant qu’ l’amour innondera mes matins,
  Tant qu’mon corps fremira sous tes mains,
  Peu m’importent les problemes,
  Mon amour, puisque tu m’aimes.

  J’irais jusqu’au bout du monde,
  Je me ferais teindre en blonde,
  Si tu me le demandais.
  J’irais decrocher la lune,
  J’irais voler la fortune,
  Si tu me le demandais.

  Je renierais ma patrie,
  Je renierais mes amis,
  Si tu me le demandais.
  On peut bien rire de moi,
  Je ferais n’importe quoi,
  Si tu me le demandais.

  Si un jour, la vie t’arrache a moi,
  Si tu meurs, que tu sois loin de moi,
  Peu m’importe si tu m’aimes,
  Car moi je mourrais aussi.

  Nous aurons pour nous l’eternite,
  Dans le bleu de toute l’immensite,
  Dans le ciel, plus de probleme,
  Mon amour, crois-tu qu’on s’aime?
  Dieu reunit ceux qui s’aiment.

日本語字幕付きの動画を見て欲しい。

わたしはこうした歌を聴く時に「あなた」という言葉は、内なる自分のことであると思って聴く。そうして聴くと、いい歌というのは一変するのだ。



ところで、日本で歌われている歌詞はこうである。

あなたの燃える手で あたしを抱きしめて
ただ二人だけで 生きていたいの 
ただ命の限り あたしは愛したい命の限りに あなたを愛するの 
頬と頬寄せ 燃える口づけを交わす喜び
あなたと二人で 暮らせるものなら何にも要らない
何にも要らない あなたと二人生きていくのよ
あたしの願いはただそれだけよ
あなたと二人
固く抱き合い 燃える指に髪を絡ませながら 
愛しみながら口づけを交わすの 
愛こそ燃える火よあたしを燃やす火 
心溶かす恋よ
(岩谷時子訳)

これは意訳ではなく、異訳だと思う。



わたしにとって、ピアフといえば、La Marseillaise。
フランス革命の際の革命歌で、今は国歌である。

行こう 祖国の子供たちよ
栄光の日が来た!
私たちに対して 暴政の
血まみれの旗が上がった
血まみれの旗が上がった

聞こえるか 戦場の
残酷な軍人のうなりが?
彼らは私たちの腕の中まで来て
私たちの息子や妻の 喉を掻き切って殺す!

武器をもて 市民よ
軍隊を組め
向かおう 向かおう!
けがれた血が
私たちの田畑をうるおすまで!